公開日:2025年8月14日

ミュージアムが戦争体験を編集する——大英帝国戦争博物館・北部館(マンチェスター)が示す戦争展示の可能性(文・小森真樹)【戦後80年特集】

「戦後80年」のいま、戦争の記憶はどのように継承されるべきなのか。ミュージアムは、いかに戦争の記憶を語り得るのか。勝者の凱歌でも平和への祈りだけでもない、第三の戦争記憶のかたちとは──。イギリス・マンチェスターにある大英帝国戦争博物館・北部館を訪れた、ミュージアム研究を専門とする小森真樹が、同館を例に論じる。

大英帝国戦争博物館・北部館、「Big Picture Show」会場風景 Photo: Masaki Komori

記憶する装置としてのミュージアム

記憶とは忘却に抗う営みである。とりわけ暴力と死をめぐる戦争の記憶は、時に神話化され、時に意図的に消去される。「戦後80年」に行われた先の参議院議員選挙では、太平洋戦争の記憶の継承や風化、安全保障や核技術の扱いなどの争点が大きく取り上げられることはなかった。いっぽうそうしたなかで、かつての翼賛体制を思わせる言説を振るう政党が躍進し、国民主権を否定し戦後民主主義の根幹に挑むような憲法草案すら現れた。東京選挙区で有権者の約1割が投票し2位当選を果たしたこの右派ポピュリスト政党の候補者は、核武装はコスト面から一考に値すると主張した。投票者がこうした実態をどれほど周知していたのかは別としても、現在の選挙制度の中でその党が「支持を得た」ことは紛れもない事実である。

耳ざわりのよくない歴史に正面から向き合わない社会で、極端に飛躍した主張が耳ざわりのよい話に包まれて社会の根幹に滑り込んでいく。これを「歴史教育の敗北」と一蹴するのはたやすいが、いま、次のような問いから考えてみたい。なぜ、私たちは戦争の暴力を記憶し損ねるのか。いかにして社会は戦争を暴力として記憶し得るのか。そこでミュージアムという装置は、いかに戦争の記憶に貢献できるのだろうか。

ミュージアム研究を専門とする筆者はこれまで、各国の戦争や植民地主義、災害や事故といった様々な死をめぐる展示を訪れるなかで、「語りの形」がいかに政治と美学に結びつくかを観察してきた。本稿では、ひときわユニークな試みを見せる大英帝国戦争博物館・北部館(Imperial War Museum North、以下IWMN。イギリス、マンチェスター)からミュージアムによる戦争記憶について考えてみたい。

戦勝のポリティクスと「戦争博物館」のポリティクス

そもそも「戦争博物館」とは奇妙な言葉である。戦争を展示するとはどういうことか。勝者の記録か、敗者の教訓か。それともただの軍事マニア向けショールームか。国際法の場では「戦争」という語が慎重に扱われるようになり、「テロ」「特殊作戦」「紛争」といった言葉は戦場をぼかしていく。ニューヨーク同時多発“テロ”、ロシアによるウクライナ“特殊作戦”、ヨルダン川西岸やガザ地区のパレスチナ“紛争”におけるイスラエル軍による“虐殺/ジェノサイド”──専門家でなくとも言葉の脆弱性と政治性について考えさせられてきたことだろう。

その語りの不安定さを、ミュージアムもまた抱えている。戦争を扱う展示施設は大きく分けると3種の用語で呼び習わされているようである。戦争参加や犠牲、加害や被害を語る「戦争博物館(war museums)」、軍の組織や歴史、兵士の顕彰などを強調する「軍事博物館(military museums)」、そして、被害者の証言や人権、戦争の非人道性や原爆等兵器の廃絶を訴える「平和博物館(peace museums)」である(*1)。戦争と戦後社会の関係において、各国・各地の博物館の語りには傾向性が生まれる。

たとえば、「世界で平和博物館運動がある唯一の国」とも言われるように(*2)、敗戦国である日本における戦争展示は、靖国神社にある遊就館のような特殊な事例を除けば、概して「平和」を強調して語るものである(*3)。広島の平和記念資料館などがその代表であるが、そこでは軍事戦略の失敗や国家の戦争責任を問うよりも、「尊い犠牲」や「繰り返してはならぬ悲劇」へと物語が傾く。いっぽう、戦勝国は堂々と「戦争博物館」を掲げる傾向にあるが、そこにもまた語りの作法がある。

英国にあるIWMNは、まさにそうした勝者の記憶を担う博物館である。にもかかわらず、ここにはたんなる勝利の凱歌ではない、むしろ自省的に「戦争とは何か」という問いに挑もうとする構えがある。それは展示の方法──時に演劇的で、時に詩的な装置に顕著である。

大英帝国戦争博物館・北部館(Imperial War Museum North)外観 Photo: Masaki Komori

戦争語りのアクセシビリティ

戦争の歴史を伝えるとき、どこまで人々の感覚に訴えられるか。いかに声が届く範囲を広げられるか──このアクセシビリティの問いに対するひとつの応答が、IWMNの「Big Picture Show」である。毎日決まった時間になると、常設展示空間の照明が落ち、壁面すべてが映像で覆われる。その瞬間、館内は従来の「展示を読む空間」から、「語りに包まれる空間」へと転じる。視線はパネルから外れ、音響と映像の洪水のなかへと身体ごと引き込まれていく。

上映作品のひとつ、『Remembrance』では、無数の死者の名が壁面を覆い、ある兵士の半生と遺族の私的な物語が館内へ響きわたる。耳元に迫る重低音、空間を貫くナレーション、そして闇に浮かび上がる記録映像は、戦争を理解させる前に「感じさせる」。このスペクタクル的手法は、テーマパークなどで用いられる没入演出に近い構造を持ちながら、戦争という不条理な出来事を“追体験”させる大胆な技術として展開されている。展示の秩序をあえて攪乱するこの演出は、「記憶のインフラ」を再設計しようとする試みでもある。

大英帝国戦争博物館・北部館、「Big Picture Show」会場風景 Photo: Masaki Komori

記憶を可視化するためのもうひとつの表現は、第一次世界大戦の開戦から百年の折に、陶芸家のポール・カミンズとデザイナーのトム・パイパーによって考案されたインスタレーション作品《Poppies》である。イギリスとその帝国から出征して命を落とした88万超の人々を象徴する陶器製のポピーの花が、建物の高所から赤い滝のように垂れ下がり、外壁を染めあげる。もともとロンドン塔で展開されたこの作品は、大きな主語で「戦争をモニュメント化する」のではなく、無数の個人の命/人生(life)の「記憶を環境として再現する」ことで、訪問者の身体的な感覚と感情に作用する。足元に拡がるケシの列は、抽象化された数値としての犠牲者ではなく、花のかたちを借りた具体的な記憶の粒として、見る者に語りかける。芸術作品としての完成度と、社会史の装置としての語りの力が、高度に融合している。

《Poppies》展示風景 Photo: Masaki Komori

コラボレーションが物語を脱構築し複層化する

さらに注目すべきは、現代美術の実践との協働である。たとえば8月31日まで開催されている「Chila Welcomes You(チラが歓迎する)」は、パンジャブ・ヒンドゥー系アーティスト、チラ・クマリ・シン・バーマンによる展覧会である。バーマンはマンチェスターを含む北部地方のリバプール近郊で生まれ、フェミニズムや人種的批評を交差させる作品で80年代にはブリティッシュ・ブラック・アーツ運動を代表するアーティストとなった。このサイトスペシフィックなプロジェクトでは、ネオンと布が特徴的なヴィジュアルでインスタレーションが展開され、第二次世界大戦後英国に移住した南アジア系の私的な経験から戦争や紛争を語ることで、インド独立運動の歴史と英国の関係など政治的な事象を個別の人々の視座から考えることを促すものとなっている。パネルなどのテキストは英語、パンジャブ語、ウルドゥー語、ベンガル語で記載されている。

チラ・クマリ・シン・バーマン「Chila Welcomes You」会場風景 Photo: Masaki Komori

その方法はいわゆる現代美術的な様式である。ミュージアム建築のエントランスに被さるネオンサインは、虎や蓮や神話的シンボルを示している。この建築はダニエル・リベスキンドによる設計である。ポーランドのユダヤ人のホロコーストサバイバーを両親にもち、ベルリンのユダヤ博物館やニューヨークの9・11メモリアルなど厄災を記憶する建築群で知られている。どこか艦隊のようにも見える本館は、地球の地図を3分割して再構成するというコンセプトでデザインされた。バーマンのインスタレーションによる建物への介入は、この一種外交的とも言える地政学的世界観を民族神話が脱構築するような仕立てとなっている。

チラ・クマリ・シン・バーマン「Chila Welcomes You」会場風景 Photo: Masaki Komori

館内に展示されたタペストリーに縫いこまれたイメージや言葉は、戦争を一部の軍人や指導者の物語から解放し、日々の暮らしのなかでそれに巻き込まれる「何者でもない誰か」の視点を可視化する。鮮烈な色彩と親密な語り口が混じりあうこの展示は、戦争を「大文字の歴史」ではなく、「経験の積層」としてとらえる力を持っている。

チラ・クマリ・シン・バーマン「Chila Welcomes You」会場風景 Photo: Masaki Komori

このようなアーティストとの定期的なコラボレーションこそ、IWMNが戦争記憶を感性と接続し直そうとする戦略の一環といえるだろう。それは、「戦争」の語りをたんに狭窄なものとせず、「生きた歴史」として有効なものにする手法だ。

戦争の語りはつねにキッチュ

そのいっぽうで、スペクタクルを用いて感性に訴える方法には極めて強い倫理的規範が求められるはずである。アーティストの視座を取り入れることで実現した語りの複層化の戦略は、そうした命題へのひとつの回答であると見ることができる。

戦争の記憶や語りにおいては、おのおのの立場から「真実」が主張され、対立的な言論に飲み込まれる傾向にある。1995年に米国スミソニアンの航空宇宙博物館でのエノラ・ゲイ展示が退役軍人・保守派議員からの圧力を受けてその様式を「投下後を含む歴史展示」から「技術的な解説」へと変更することになった一件で知られるように、戦争の語りの力学は展覧会の様式にも強い影響を及ぼす(*4)。つまり、展示の形式とは、物語そのものにかかわっているのである。歴史を再演するメディアのかたちをみれば、ある過去をいかなる物語として社会に語ろうとしているのかそれ自体を考えることができる。アートを含めてスペクタクル化は、しばしばその「真実」の消費へと傾き、ともすれば負の記憶の美化へと利用もされかねない。この問いに対してIWMNは次のように応える。

《Poppies》展示風景 Photo: Masaki Komori

メインの常設展示スペースのセクションのひとつ、「Impression of War(戦争の印象)」には、展示設計そのものに批評的な仕掛けが施されている。展示空間にはポップアート風のヴィジュアルが配されており、戦争のイメージがメディアによって加工されるさまを戯画化する。美麗なプロパガンダポスター、戦意高揚の広告、ニュース映像の切り取り。これらはたんなるメディアの記録展示ではなく、戦争がいかにキッチュな形式で大衆に浸透してきのか──これらを示す「演出の演出」なのである。

「Impression of War」会場風景 Photo: Masaki Komori

ここにおいて重要なのは、鑑賞者を引き込みながらも「没入」させないという点である。リアリズムを避け、視覚的誇張や色彩的過剰を選ぶことで、戦争にまつわる語りそのものが構築物であることを示唆する。視覚的な違和感、あるいは意図的なズレが、展示の外部を思考させる。つまり、戦争展示の語りが持つ美学化——感動を喚起し、共感を導き、正義を前提とするその構造——を脱構築しようとする試みである。

巨大化した家具などが置かれた楽しげなデザインの展示室には、親子連れがおそらくたんなるキッズ・プレイグラウンドとして次々と遊びに来ていた。これは家族連れに展示を届けるという点では、アクセシビリティを高めるためのデザインでもある。ある家族の父は、70年台型と思しきレトロなデザインのテレビから突如流されるいわゆる「ナパーム弾の少女」──AP通信のニック・ウト氏が撮影したピューリッツァー賞受賞作《戦争の恐怖》(*5)──に、ファズ・ギターで破壊的に歪んだジミ・ヘンドリックスによるアメリカ国歌「スター・スパングルド・バナー(星条旗)」のサウンドを被せた映像に、明らかに魅入られており、見ているうちに徐々に動揺し始めてさえいた。

「Impression of War」会場風景 Photo: Masaki Komori

展示の語りとは、記憶の編集である

ここで紹介したIWMNの展示のいずれにも共通するのは、「記憶を正す」のではなく、「記憶に触れる」ための演出を重視している点である。アーカイヴ、アート、空間デザインの三者を交差させながら、そこでは「展示の語り=記憶を疑う力」もまた展示されている。展示パネルの事実より、映像と音響、光と影が私たちに問いを突きつける。語りとは、情報の羅列ではなく、体験の編集である——そう考えるとき、ミュージアムはただの記録庫ではなく、演出家でもありうる。

戦争は、決して過去にあるものではない。戦争の語りがいまも社会を動かし、記憶と忘却の政治が投票行動にまで影響を与える時代に、ミュージアムは「思い出す技術」を編み直す場である。マンチェスターの帝国戦争博物館は、その挑戦をアートと空間で仕掛けている。そしてその挑戦は、記憶をめぐる私たち自身の感度をも問うているのだ。

*1──記憶論として「記憶博物館」という概念でとらえる視座は以下など。Paul Williams, Memorial Museums: The Global Rush to Commemorate Atrocities, Berg Publishers, 2007.
*2──山根和代「平和ミュージアムと平和教育」『住民と自治』2018年8月。https://www.jichiken.jp/article/0088/
*3──ここでは一般化したが、日本国内の戦争とその影響をめぐるミュージアムの豊かさについては以下など。ガイドブックとしても活用できる。皓星社編集部『〈記憶の継承〉ミュージアムガイド:災禍の歴史と民族の文化にふれる』皓星社、2022年;梯久美子『戦争ミュージアム──記憶の回路をつなぐ』岩波書店、2024年。
*4──小森真樹「ミュージアムと政治――文化戦争を読む」『現代アメリカ政治外交』法律文化社、近刊。
*5──今年になって撮影者は別の写真家だったという疑義が出ている作品でもある。「『ナパーム弾の少女』誰が撮った? 撮影者名の表記停止―世界報道写真財団」『時事通信』2025年5月17日。https://www.jiji.com/jc/article?k=2025051700183&g=int


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小森真樹

小森真樹

こもり・まさき 武蔵大学人文学部教授、立教大学アメリカ研究所所員。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。これまでに、テンプル大学歴史学部研究員、アジア・アフリカ言語文化研究所ジュニア・フェローを歴任。専門はアメリカ文化研究およびミュージアム研究。美術・映画批評の執筆や、雑誌、展覧会、オルタナティブスペースの企画にも携わっている。著作に、『歴史修正ミュージアム』(太田出版、2025)、『楽しい政治 「つくられた歴史」と「つくる現場」から現代を知る』(講談社、2024)、「ミュージアムで『キャンセルカルチャー』は起こったのか?」(武蔵大学人文学部、2024)、「共時間とコモンズ」(博報堂、2023)、「美術館の近代を〈遊び〉で逆なでする」(『あいちトリエンナーレ2019ラーニング記録集』、2019)などがある。企画としては、ウェブマガジン〈-oid〉(2022–)、古民家の多目的スペース「かじこ」(『かじこ|旅する場所の108日の記録』三宅航太郎、蛇谷りえと共著、2010)、「美大じゃない大学で美術展をつくる|vol.1 藤井光〈日本の戦争美術 1946〉展を再演する」(『藤井光〈日本の戦争美術 1946〉展を再演する』ART DIVER、2025)などを手がける。連載に、「ミュージアムで迷子になる」(OHTA BOOK STAND)、「『暮らし』から見るアメリカ」(日経ビジネス)がある。次回展覧会は、「美大じゃない大学で美術展をつくる vol.3|SOS 応答と対話で『何か』を探す」(武蔵大学、2025年8月30〜31日開催)。