奈良美智 Peace Head
兵庫県六甲山を主会場とする芸術祭「神戸六甲ミーツ・アート2025 beyond」が8月23日に開幕した。会期は11月30日まで。主催は六甲山観光株式会社、阪神電気鉄道株式会社。総合ディレクターは高見澤清隆。
毎年開催され、今回で16回目を迎える本芸術祭は、神戸を象徴する山・六甲山の自然とアートをともに楽しめる関西を代表する芸術祭だ。参加作家は国内外から61組で、公募部門で入選した約15組を含む。
今年のテーマは「環境への視座と思考」。六甲山はかつて樹木など天然資源の乱用により荒廃したが、その後、明治期に来訪した居留外国人や多くの先人たちの努力によって、緑豊かな環境を取り戻したという歴史がある。こうした場所で、アートを通じた多様な視点で環境を見つめ直す機会を生み出すことを目指す。
作品は六甲山の複数エリアにまたがるが、2023年から野外アートゾーンの充実に取り組んできたROKKO森の音ミュージアムを芸術祭の拠点とし、隣接の六甲高山植物園と併せて多くの作品を鑑賞できるエリアとなった。また散策路沿いに作品を展示するトレイルエリアでは豊かな自然も楽しめる。
また、芸術祭は今回注力する取り組みとして、「こどもたちがアートに触れ合える機会の創出」をあげている。ワークショップ等をはじめ、子供たちが現代アートに触れられる機会を増やし、次世代の育成を目指すという。
ということで、今回は筆者も小学校低学年の子供と一緒に、本展を巡ってみた。子供と楽しみやすいポイントも交えながら、見どころをレポートしたい。
訪れる際は、トレイルエリアなど歩く場所もあるので、スニーカーなど歩きやすい靴や服装がおすすめ。夏の時期は日差しが強いので、熱中症対策も忘れずに。
アーティスト(全61組):
Artist in Residence KOBE(AiRK)、池ヶ谷陸+林浩平+上條悠、イケミチコ、石島基輝、乾久子、岩崎貴宏、Winter/Hoerbelt(ヴィンター/ホルベルト)、植田麻由、nl/rokko project、岡田裕子、岡留優、長雪恵、小谷元彦、開発好明、鍵井靖章、風の環、川原克己、川俣正、北川太郎、北村拓也、C.A.P.(芸術と計画会議)、倉知朋之介、佐藤圭一、さとうりさ、さわひらき、松蔭中学校・高等学校 美術部、白水ロコ、studio SHOKO NARITA、須田悦弘、園田源二郎、高野千聖、高橋匡太、高橋銑、高橋瑠璃、田中望、チャール・ハルマンダル、遠山之寛、Trivial Zero、ナウィン・ラワンチャイクン、中村萌、奈良美智、西田秀己、西野達、パインツリークラブ、船井美佐、ヘルマン・ファン・デン・マウイセンベルグ、堀尾貞治×友井隆之、堀園実、マイケル・リン、三梨伸、村上史明、村松亮太郎/NAKED, INC.、山羊のメリーさん、やなぎみわ、山田愛、山田毅、林廻(rinne)、reiko.matsuno、渡辺志桜里、WA!moto."Motoka Watanabe"、《特別展示》Michele De Lucchi(ミケーレ・デ・ルッキ)
六甲山から麓を見渡せる天覧台では、タイ出身のアーティストナウィン・ラワンチャイクン+ナウィン・プロダクションの作品が展示されている。インドの映画看板を思わせる作家お馴染みの看板作品《神戸ワーラー》は、今回は神戸における移民の人々に関するリサーチをもとにしたもの。かつてインド領だったパンジャーブ地方を出自とする祖先を持つ作家自身の個人史も織り込まれている。
「ワーラー」というのは「人々」に対して使う言葉で、たとえばチャイを売る人々は「チャイ・ワーラー」となる。「あなたはどんなワーラー?」という作家からの問いかけとして、展示の一角に設けられたワークショップスペースでは、鑑賞者はオリジナルの「〇〇ワーラー」をテーマに旗に絵を描き、それを屋外に設置することができる。〇〇には自分が好きなもの、どんなキャラクターかなど、好きな言葉を入れていい。旗を描き終わったら、展望台に結びつけよう。
【🧒こどもポイント】好きな絵を描いて、作品の一部にできる! 終わったら特別なバッジがもらえるよ。
山田毅は《自動れきしはんばいき》を発表。調査隊を組織し、六甲山に落ちていたものを拾い集めて自動販売機で売るというもの。その全体が作品で、買った人もゆるやかに作品の一部となる。
【🧒こどもポイント】道端に落ちているものを拾う達人……それは子供。「これは何?」と六甲山で収集されたものに興味津々。
木漏れ日が美しいハイキングルートを歩いたり、リゾート地の森を感じながら作品に出会うトレイルエリア。天気が良ければ散策だけでも十分楽しいが、5作家の作品を見ることができる。
別荘地として栄えた歴史を持つ六甲山。小谷元彦《孤島の光 (仮設のモニュメント7)》は、数世代に渡ってある家族の避暑地として大切にされてきた山荘を舞台に、この山荘に残されたキリスト教信仰のモチーフを題材にした彫刻だ。古典的に表現されながらも顔は破壊されたように見える白亜の身体を、鬱蒼と繁る森のなかに差し込む木漏れ日が神秘的に照らしだす。
【🧒こどもポイント】森のなかのルートを歩いて、自然を体感。走り出したくなっちゃうかも。
六甲山地域福祉センターでは、乾久子による参加型作品「ことばが開くことばで開く くじびきドローイング」を実施。「くじびきドローイング」はくじを引いて、そこに書かれていた言葉をお題に絵を描き、自分も次の人へくじの言葉を残すというもの。 地域の子供たちがすでに参加し、くじ引きに記されたお題となる言葉は、シンプルなものから「無茶ぶり」と思えるものまで様々で面白い。思わず子供も大人も夢中になって絵を描きたくなる。
過去の「くじびきドローイング」で描かれた作品も展示されており、ユーモラスなものに混じって戦争をテーマにしたものなどもあった。
【🧒こどもポイント】「くじびき」で出会う意外な言葉に対し、どんなふうに絵で返すか。時間を忘れてドローイングに夢中になる人続出。
ROKKO森の音ミュージアムでは、コンサートルームや森の音ホールと、季節の植物や音の展示を体感できる「SIKIガーデン~音の散策路~」の各所に作品が展示されている。
今年、屋外に新設された注目作品が、奈良美智の彫刻《Peace Head》だ。作品名の由来は彫刻の後ろ側に点で刻まれたPEACEの文字とマーク。 戦後80年、そして阪神淡路大震災から30年が過ぎたいま、「PEACE=平和」の意味を森のなかで静かに投げかける。本作の原型は作者の手の中で造形された手跡の残る粘土で、目のあたりには爪楊枝を使った跡なども見てとることができる。
野外アートゾーンにはほかにも様々な作品が設置されている。なかには触れられる作品もあるので、五感を使って味わいたい。
新池には、木造のテラスとそれをつなげる橋等を設置した川俣正の《六甲の浮橋とテラス Extend 沈下橋2025》。実際に池の中央まで歩いて行ける。
またここではテラスを能舞台として使用する、やなぎみわ制作の舞台作品《大姥百合(オオウバユリ)》が9月27、28日に上演される。旅僧と山に住む大姥百合の精との出会いを軸に、踊念仏や音楽、舞踏が組み合わさった幻想的な野外演劇となるという。
【🧒こどもポイント】奈良美智やさとうりさ、中村萌などによる、愛らしい作品に出会えるポイント。川俣正のテラスは気持ちがいい。ヴィンター/ホルベルトの作品内にはブランコが。
六甲全山縦走路の途中に位置するポイントであるみよし観音エリアには6作家が展示。
マイケル・リン《Tea House》は、かつてこの場所にかつてあった小さな茶屋に着想を得て、その茶屋の床面の輪郭とほぼ同じ大きさで作られた仮設のパビリオン。かつて人々を出迎え癒した茶屋の役割を引き継ぎ、再び六甲山を訪れる人々を鮮やかな色彩とともに出迎える。
山田愛《永遠なる道》は、インフィニティの形に掘られた道に、瀬戸内海で産出される石「サヌカイト」が敷き詰められた作品。鑑賞者はこの上を歩くことができ、踏むたびに高くて綺麗な音が鳴る。約1300万年前に生まれたサヌカイトを足裏で感じながら、無限に続くかのような時間の流れを想像してみてはどうだろうか。
【🧒こどもポイント】石を踏んで歩くと、綺麗な音がする。筆者の子供は、「面白い!」とずっとぐるぐる♾️の上を回っていてお気に入りの様子。
通常は非公開である安藤忠雄設計「風の教会」が、会期中限定で展示会場として公開。「風の教会」で展示されている岩崎貴宏《Floating Lanterns》は、無数の建築模型の断片が宙に浮かぶ作品。これらは戦争や震災などによって失われた建築の記憶から生まれた模型だという。教会という祈りの場で、風に吹かれながら静かに思索を重ねたくなる作品だ。
2022年に営業を終了した「旧六甲スカイヴィラ」とその離れの建物を利用した「六甲山芸術センター」も会場となっている。
旧六甲スカイヴィラでは、岡田裕子《井戸端で、その女たちは》が白眉だ。旧ホテルのラウンジで、楽しくおしゃべりをする女の人たちの声と、その魂のように明滅する光。これらの声の主は、関西にゆかりのある日本の物故アーティスト9人──池玉瀾、松本奉山、尾竹紅吉、島成園、大橋エレナ、白髪富士子、山崎つる子、岸本清子、林三從だ。それぞれの作家をリサーチし、シナリオを書いた岡田が、9人の声を絶妙に演じわける。「ぶっちゃけトーク!」「イエーイ!」といった明るいノリで話している人たちもいるが、そのなかで当時の女性がアーティストとして生きていくうえでの様々な苦労や理不尽な体験なども語られる。生前にはこのように語り合うことがなかったであろう彼女たちが、天国でこんなふうに楽しくシスターフッドを結んでいたらいいな……と思わずにはいられない。岡田は、それぞれの作家たちは死後にきちんと評価されてこなかった人たちだとも語っており、こうした作家の再評価、名誉回復への熱い思いも感じられた。
旧浴場で上映される倉知朋之介の映像《SOFT BOYS》は、旧六甲スカイヴィラを舞台にしたアイドルの育成強化合宿をパロディ的・戯画的に演じながら、声を人前で出すことに潜む不安や高揚に向き合っていく作品。その滑稽さ、ホラー映画からの露骨な引用、そしてフィナーレの能天気な明るさなどに、不安な気持ちになったり笑わせられたりと忙しい。
離れの「六甲山芸術センター」は、外観や内観を覆う堀尾貞治×友井隆之《1ton彫刻までの道程》のほか、開発好明による《未来郵便局in六甲》、イケミチコのエキセントリックな世界救世主「未来人間ホワイトマン」などが展開されている。
【🧒こどもポイント】毎年好評の「オリジナルスタンプラリー」は、子供が芸術祭を楽しむのにもってこい。すべての作品の近くに、六甲山上にある神戸市立六甲山小学校の児童が原画を手がけた「六甲山」にまつわる絵のスタンプが設置されている。鑑賞パスポート購入者には、スタンプラリーの台紙付きの周遊マップが渡されるので、これを携えて各作品を回っていこう。
また芸術祭に合わせ、六甲山各所にある飲食店では、この地域で生産された食材を味わえる特別メニューを提供。アートや景色とともに食も楽しみたい。
グッズショップでは、奈良美智作品をあしらったTシャツなどを販売。芸術祭の思い出を持ち帰りたい人はぜひチェックを。
歩いて、見て、聞いて、触って、身体全体で楽しめる「神戸六甲ミーツ・アート2025 beyond」。大人ひとり旅でも、子供連れでも、それぞれの視点で面白さを発見できるはずだ。
福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)