公開日:2025年7月24日

「これからの風景 世界と出会いなおす6のテーマ」(静岡県立美術館)レポート。見る・聞く・触れる、新感覚の風景画展

静岡県立美術館が誇る風景画コレクションを五感で楽しむ。会期は7月5日〜9月23日

会場風景

風景画コレクションを現代の視点で再編

静岡県立美術館が誇る風景画コレクションを現代的な眼差しで読み解き直す展覧会「これからの風景 世界と出会いなおす6のテーマ」が開催中だ。会期は7月5日〜9月23日。担当学芸員は同館の貴家映子。

静岡の豊かな自然環境が、同館の風景画コレクション形成を支えてきた。遠州灘から駿河湾、伊豆半島へと続く海岸線と、富士山や浜名湖といった景勝地。こうした地理的背景のもと、17世紀以降の東西の風景表現が体系的に収集されている。さらに西洋絵画ではヤーコプ・ファン・ロイスダール、ウィリアム・ターナー、クロード・モネ、ポール・ゴーガンから、日本画では狩野探幽、池大雅、歌川広重、横山大観まで、各時代を代表する作家たちの作品が揃う。

会場風景より、左からハイム・スーチン《カーニュ風景》(1924-25)、クロード・モネ《ルーアンのセーヌ川》(1872)

本展が興味深いのは、こうした名品をたんなる美術史の系譜として眺めるのではなく、現代を生きる私たちの視点から問い直している点にある。出発点となったは、風景画が前提とする「近代的で合理的な人間像」への疑問だった。担当学芸員の貴家は「現代社会では多様な人々との共生が求められ、環境問題を考えると、自然を対象として切り離すのではなく、もっと身近な存在として向き合う必要がある」と話す。風景画という伝統的なジャンルから、いまを生きる私たちへの問いかけが生まれている。

会場風景より、山本森之助《海岸》(1912-14)

谷川俊太郎の詩から始まる風景への問いかけ

本展のタイトルは国民的詩人と評価されている谷川俊太郎の詩に由来している。2024年秋に亡くなった谷川が、風景にまつわるある展覧会のために書き下ろした一編だ。その詩には、一人ひとりが自分の目で世界を見つめ、様々な出来事に関心を向けるために、風景のイメージと記憶が担う役割が込められている。

会場風景

最初の展示室では、17世紀の日本と西洋の風景画が並べて展示されている。江戸時代の歌枕や瀟湘八景の伝統と、同時期のヨーロッパで生まれた風景画ジャンルを比較する試みだ。とくに興味深いのは、風景を「数える」文化として発展した日本の八景シリーズ。型を決めることで感性を磨く、日本独特の文化的背景が見えてくる。

会場風景

「見る」だけではない風景画体験

展示会場に足を踏み入れると、まず驚かされるのは音が聞こえてくることだ。静岡県舞台芸術センター(SPAC)の舞台音楽家・棚川寛子らと協力して制作した音源が、17世紀フランス古典主義を代表する風景画の巨匠、クロード・ロランの《笛を吹く人物のいる牧歌的風景》(1630年代後半)を音で表現している。絵の手前から奥に現れるモチーフが美しいメロディーに変換され、視覚とは違う角度から風景画にアプローチする。

会場風景
会場風景

もうひとつの見どころは、実際に作品に触れられるコーナーだ。テキスタイルデザイナーの庄司はるかと制作した布のインスタレーションでは、クロード・ロランの光と奥行きを手で感じることができる。手前のざらざらした厚い素材から、奥に向かって次第に軽やかになっていく仕組みで、遠近法を触覚で体験できるように設計されている。

会場風景

さらに3Dプリンターで作った額縁や、油彩技法を再現した樹木の手触りも体験でき、「触れてはいけない」という美術館の常識を覆している。

会場風景

観光地化するイメージの力

「観光」をテーマにした展示室では、風景画が人々に与える影響力に注目し、吉田博や中澤弘光の作品が人々の旅への憧れをどのように掻き立てたかを紹介。いっぽうで、写真の普及によって立場が変わった画家たちが、有名な観光地を避けて独自の表現を求めた動きにも注目している。

会場風景
会場風景
会場風景

多様性と未来への問いかけ

本展は風景画の作者である「見る側」の問題にも焦点を当てている。例えば、これまで主にヨーロッパや日本の男性画家が描いてきた風景画には限界があることを率直に認め、最終章ではイケムラレイコの詩画集『うみのこ』(2006)を紹介。性別の定まらない存在が語る詩から、「描かれなかった風景」の存在を浮かび上がらせている。

会場風景

美術展示の新たな可能性

会場には感想を書くコーナーも設けられ、来場者同士が意見を交わせるようになっている。長新太の絵本からヒントを得た空間では、見る人それぞれが「これからの風景」について考えられるような工夫が施されている。風景画の固定観念を覆す革新的な体験を求める方には、ぜひ足を運んでほしい。

会場風景
会場風景

灰咲光那(編集部)

灰咲光那(編集部)

はいさき・ありな 「Tokyo Art Beat」編集部。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。研究分野はアートベース・リサーチ、パフォーマティブ社会学、映像社会学。