左から、赤羽亨、鹿島田知也
東京・初台のNTTインターコミュニケーション・センター [ICC]で、 ICC キッズ・プログラム 2025「みくすとりありてぃーず——まよいの森とキミのコンパス」が、8月8日に開幕した。
「ICC キッズ・プログラム」は、同時代のメディア環境に触発されたメディアアートに触れることで、子供たちの好奇心と想像力を育むことを目的に、2006年から夏休みに開催されてきたプログラム。身体、アイデンティティなど、現代社会を考える様々なテーマで展開されてきた。
今年のテーマは、「Mixed Reality」(複合現実)。AR技術を用いた音声ガイドシステム「AR Audio Guide」(以下、ARAG)を使って、情報空間と物理空間を重ね合わせて認知できる「Mixed Reality」の世界を体験し、複雑な情報のあり方を認識し判断するという現代社会に欠かせない力を身につけることを試みる。
展覧会の共同キュレーションは、インタラクションデザインに焦点をあて、メディアテクノロジーを使った表現の研究を行うIAMAS(情報科学芸術大学院大学)産業文化研究センター長・教授の赤羽亨、NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]学芸員の鹿島田知也。
出展作家は、小林優希、津田道子、時里充、早川翔人、平瀬ミキ、八嶋有司、AR Audio Guide チーム(glow)。本記事では、キュレーターのふたりにお話を伺いながら、ARAGを用いた鑑賞体験から生まれる未来の子供の学びについて、紹介したい。
ARAGは、AR技術(拡張現実:現実世界にデジタル情報を重ねて表示し、現実を拡張する技術)を活用したアプリケーション。
本展では、スマホのカメラを用いて周囲の空間を認識し、観客が特定のエリアに入ると、位置情報に応じて、音声が再生される「サウンドスケープ・オーバーレイ」と、作家が解説する「作品ガイド」を自由に切り替えて聞くことができる。
周囲の音声が聞こえるオープン型のイヤフォンを使うことで、展覧会の音とARAGの音声を同時に聞いたり、作家の解説を聞いたり、音声なしで楽しんだり、鑑賞環境が拡張するテクノロジーだ。
最新技術ARAGを使った展覧会の構想は、鹿島田の想いから生まれたのだという。
「鑑賞者の体験に焦点を当てた展覧会を作りたいと思ったことがきっかけです。ICCはメディアアートに特化した文化施設ですが、近年、現代アートの展覧会では、鑑賞者が触れたり関わったりすることで変化するインタラクティブな作品が増えてきました。
しかし、観客が関わる自由な鑑賞が広がった結果、作家の意図が伝わらないというジレンマも抱えるようになりました。時には、ほかのお客様の鑑賞体験の妨げになったり、作品の破損につながったりすることも。
作品や企画意図を観客に伝えることと、鑑賞の自由を大切にすることを両立できないか。そんな想いを赤羽さんに相談するなかで、開発中のARAGを使った展覧会企画へとつながりました」(鹿島田)
「ARAGを装着することで、鑑賞者の自由な動きに沿って、音声が自然に重なっていく。さらにデバイスを操作してオン・オフが選べるので、作家の意図を聞くかどうかを選ぶことができる。オープン型のイヤフォンなので、会話しながら鑑賞もできる。
そういった経験はじつは珍しいんですよね。たとえば、VRはヘッドセットによって見方がある意味では、強制された鑑賞経験です。イマーシブミュージアムなどの没入する展覧会も人気ですが、自由な鑑賞体験とは言えない。今回は、ARAGの技術を使って、子供たちが自由に展覧会を楽しみながら、作家の世界観に自然に出会う新しい鑑賞体験を目指しました」(赤羽)
さて、展覧会の入り口でARAGのデバイスを受け取ったら「Mixed Reality」(複合現実)をテーマにした「まよいの森」へ出かけよう。まよいの森は、現代社会のメタファー。様々なテクノロジーをテーマにした作品が、6点展示されている。
最初に作品ガイドが聞こえてくるのは、津田道子《見えない道、つねにすでに》(2025)。空間内に設置された黒い木枠には、映像が投影されるスクリーン、鏡などがはめ込まれている。ARAGからは、タイミングと場所に合わせて「何歩歩いて」「右へ」と、指示が聞こえてくる。指示に従って動く人とガイドを聞かずに見る人で、まったく異なる鑑賞体験が生まれる。
3面スクリーンに囲まれた展示室に展示されているのは、早川翔人《マイン・マインド》(2025)。観客が映像の中の人物たちとテーブルゲームをすることができる体験型の映像作品だ。
四角いテーブルには、カードやゲームの盤面が置かれている。観客が椅子に座ると、リアルタイムで映像が合成されて、ほかの登場人物とのボードゲームが始まる。観客がどのカードを出すかによって、映像展開も変化する。ARAGからは、対戦相手たちの心の声が聞こえてくる。
時里充《へんしんエクササイズ #1》(2025)は、バーチャル空間においてリアルな身体からバーチャルな身体になるためのインストラクションを制作し、作家がヘッドマウントディスプレイをかぶって指示通りに動くことで、バーチャルな身体へと変身するプロセスを見せる作品。観客もスクリーンの中で動くキャラクターの指示に従って身体を動かし、そのプロセスを体験する。
展示は、インターネット上のハイパーICC「へんしんエクササイズ・シアター」とも連動し、オンライン上でキャラクターを操作したり、照明を動かすなどの体験もできる。
本展を鑑賞しながら、印象に残ったのは、キッズ・プログラムでありながら、使われているテクノロジーやコンセプトには難しさもあることだ。子供向けでも、やさしい作品ばかりではないのは、なぜなのだろう?
「正直に言うと、キッズ・プログラムではあるけれど、子供向けだけに展覧会を作ってはいないんです。子供が本質的に良い体験ができることと、大人に響くものは両立し得る。あまり良い言葉ではないですが、子供騙しではない子供のための展示を考えたいと思いました。
そのために、3DスキャンやYouTubeの配信など、日常で触れるメディア技術を使い、人間のプリミティブな部分を表現に昇華している作家を選びました。現代の子供たちは様々なテクノロジーを駆使して生きている。彼らが馴染みのあるテクノロジーを使うことで、世界観に入りやすくし、自分たちが生きる現代社会をどう生きていくかを考えることにつなげたいと考えました」(赤羽)
「さらに、AR Audio Guideの作家による作品説明は、子供が理解できるようにシンプルに話してもらっています。必ずしもわかりやすいわけではないかもしれない。けれど、展示を通して本質的なことを子供たちと分かち合いたいと思っています」(赤羽)
「今回の作品はほとんどが新作です。全体のコンセプトを共有したうえで、新しい挑戦をしながら、作家と一緒に展覧会を作っていきました。
津田道子《見えない道、つねにすでに》は、もともと大人向けの作品で、大人の目線の高さで作られていましたが、今回展示をするに当たり、子供の目線に合うよう全身が映る鏡に変更するなど、大人も子供も体験できるかたちに変更しています。
小林優希《はこふぃぐめんとシリーズ》(2025)は、作家の制作プロセスを追体験できる展示です。小林さんは、マッチやアイスの空き箱で作ったミニチュアのまちのセットを撮影したプリントを引き延ばし、それを背景にして自らも風景に入り込み再度撮影する、という手法で作品を制作しています。
今回は、作品がどう作られているのか、制作過程を体験するスタジオを作ることで、作家の空想の世界にも近づくことができる。コンセプトも子供が楽しめる工夫を重ねています」(鹿島田)
ICC キッズ・プログラム 2025「みくすとりありてぃーず——まよいの森とキミのコンパス」の「コンパス」には、子供たちが、複雑な社会で生きていく指針を見いだすという意味が込められているのだという。「これってなに?」という子供たちの関心を深められるように、本展ではワークシートやイベントも企画されている。
「鑑賞しながら、キーワードを選び、作品を分解していくことで、子供たちの好奇心を深堀するワークシートを会場で配布しています。物事の見方や気づいたことを書くことで、さらに興味関心が広がる。夏休みの自由研究として提出できるほど、密度の濃いワークシートです」(鹿島田)
「作家や作品をベースに、テクノロジーを体験できる子供向けのワークショップも企画しています。近日中に、僕が担当したARAGのテクノロジーを遊びながら学ぶワークショップを開催します。そうしたイベントも、子供たちが自らのコンパスを探すための道のりのひとつになりえると思います」(赤羽)
展覧会での経験が、学びへと展開されていく。著者が話を伺うなかで素晴らしいと思ったのは、子供たちの学びの時間との距離感だ。本記事の最後に、赤羽の言葉を紹介したい。
「この展覧会では、リアリティを揺らしたい。しかし、VRでヘッドセットを付けたり、イマーシブ展示のように没入して体験したりするのではなく、ARAGを使って『あれ?』というぐらいの自然さで、揺らぎを経験することが大事だと思っています。
なぜなら、その経験が、鑑賞した子供たちの未来に影響してほしいと願うからです。展覧会を見てすぐに変化する衝撃的なものではなく、時間をかけて、いつか子供たちが大人になったときに『あのとき見たものは何だったのだろう?』と思い返す経験を埋め込みたい。じわじわと未来に影響を与える、参照点になるかもしれない経験を子供たちに残したいと考えています」(赤羽)
時間をかけて、子供たちの未来に効いてくる展覧会。わかりやすいもの、すぐに理解できるものにあふれている現在、子供たちと一緒に「これは、なんだろう?」という驚きや不思議に身を任せてみる時間は、親子で展覧会を鑑賞する面白さのひとつであり、大切な経験ではないだろうか。
まよいの森で、コンパスを探す時間を親子で経験してほしい。それはきっと、子供の未来への贈り物になる。展覧会の当日入場は事前予約者優先。イベントなどの最新情報はホームページでチェックを。
赤羽亨(あかばね・きょう)
情報科学芸術大学院大学 [IAMAS] メディア表現研究科教授,産業文化研究センター センター長
インタラクション・デザインに焦点をあてて,メディア・テクノロジーを使った表現についての研究を行なっている.また,メディア表現を扱ったワークショップ開発や,その内容を共有するためのアーカイヴ手法の研究にも取り組んでいる.主な活動に,「メディア芸術表現基礎ワークショップ」(文化庁メディア芸術人材育成支援事業)「3D スキャニング技術を用いたインタラクティブアートの時空間アーカイブ」(科研費 挑戦的萌芽研究)がある.
鹿島田知也(かしまだ・ともや)
ICC学芸員。1982年、東京生まれ。多摩美術大学卒業、情報科学芸術大学院大学[IAMAS]修了。2010年からNTTインターコミュニケーション・センター [ICC]に技術スタッフとして勤務し、2011年度より技術スタッフとキュレーターを兼任。大学や研究機関での研究成果を芸術的側面から紹介する展示企画やキュレトリアル・チームの一員として企画展・イヴェントに携わるほか、夏休み期間に開催している展覧会企画「ICC キッズ・プログラム」のキュレーションを担当する。