会場風景より、レオニート・チシコフ《みんなの手 月まで届く手袋を編もう!》(2025)
「海の復権」を掲げ、3年に1度瀬戸内海の島々などを舞台に開催される「瀬戸内国際芸術祭」。6回目となる2025年は、春会期(4月18日〜5月25日)、夏会期(8月1日〜8月31日)、秋会期(10月3日〜11月9日)の計107日間にわたって開催される。
今回は37の国と地域から222組のアーティストが参加し、うち92組が初参加となる。作品数は過去最大の255点で、新作116点、新展開作品19点を含む(6月27日時点)。会場は瀬戸内の島々と沿岸部の17エリアに分かれている。
瀬戸内海に夏の陽光が輝く8月1日、待望の「瀬戸内国際芸術祭2025 - 夏会期 - 」が幕を開けた。本記事では、7月31日に開催されたプレスツアーの様子から、新作を中心に大島エリアと夏会期限定の志度・津田エリア、引田エリアの見どころを紹介する。
夏会期は、直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島の6島に加え、志度・津田、引田、高松港、宇野港の各エリアで開催。195作品と9つのイベントが展開される。
交通の拠点として栄えた"風待ちの港"の引田では、日本一の生産量を誇る手袋産業など手工業をテーマに作品を展開。いっぽう志度では、同地出身の奇才・平賀源内に着想を得た作品や、四国遍路結願の寺のひとつ志度寺での作品を展示。さらに景勝地として名高い津田の松原では、台湾のダンスカンパニー・雲門舞集によるパフォーマンスも見逃せない。
作品鑑賞時間を10:00〜21:00と長く設定しており、島から戻ってきた後、涼しい時間帯に沿岸部エリアを訪れることも可能だ。
高松港から船で20分ほどの大島は、全国で唯一島全体が療養所となっている国立ハンセン病療養所「大島青松園」がある。現在、ハンセン病回復者29名が生活しており、平均年齢は87歳を超えている。
1907年に制定された隔離政策により1909年に開設された大島青松園では、1996年の「らい予防法」廃止まで約90年間、強制隔離が続いていた。2008年に入所者自治会が「瀬戸内国際芸術祭」への参加を決定。15年以上の活動により、高松と大島を結ぶ船は2019年に一般旅客定期航路となり、誰でも訪れることができるようになった。なお、島を訪れるにあたっては、入所者への健康配慮のため施設内のマスク着用が必須となる。
大島青松園の敷地内で展示される彫刻作品《枝と枝(支えあうことのモニュメント)》(2025)は、ウクライナの作家ニキータ・カダンによるもの。カダンは大島青松園社会交流会館を訪れた際、入所者同士が助け合い支え合って生きてきた資料を目にし、誰も孤独のままにさせず、お互いの心を強く支えていく共同体の精神を感じ、深い感銘を受けたという。本作は、細い枝のような黒いブロンズの棒2本を組み合わせ、棒が接する上部に握り合ったふたつの手と、棒を支える足の彫刻を設置している。片方の手はカダンが尊敬するアーティストの手から型どり、もう片方の手と足は、資料館に展示されている義足をモチーフにしている。
作品については「島の悲劇的な歴史と、意思に反してここでの暮らしを強いられた人々のコミュニティを記念している。細い枝のような形状で脆弱に見える作品だが、じつは弱いのではなく、耐えがたいものに耐えるための強さを持っている。弱さ、傷つきやすさというものに屈しない精神力に変わっていくこと、それを賛美したい」とカダンは語る。
作品には、故郷への思いも込められているという。「ウクライナにも、手や足を失った人がたくさんいます。戦争とトラウマを抱えた国ですが、そこで生きる人たちもお互いに支え合っています。この作品でもっとも重要なのは、落ちてくるなにかを、ほかのものが支える物理的な動きです」
大島キリスト教霊交会礼拝堂で、山川冬樹による《結ばれて当たり前なる夫婦なりしよ》(2025)が展開されている。2016年に《歩みきたりて》で大島に生きた歌人・政石蒙(道夫)の生涯を作品化した山川が、今度は隔離という境界線も超えた、政石と渡辺美紗子という女性との心の絆に光を当てる。
10代で知り合い、結婚を誓い合ったふたりだったが、戦争と隔離政策という時代の荒波に引き裂かれる。政石はモンゴル抑留を経て1947年に大島青松園へ。美紗子は愛媛県大洲市に残された。しかし、距離も時間もふたりの心を離すことはできなかった。美紗子が元気な頃は大島まで会いに来て、美紗子の体が不自由になると政石が大洲まで足を運んだ。やがて美紗子が耳が聞こえなくなると、今度はファックスがふたりをつないだ。
政石は「らい予防法」違憲訴訟で「この法律がなければ彼女と結婚していたはずだ」と訴えている。山川の作品は、音と映像、照明による演劇的なインスタレーションとして、この切ない愛の物語を自動ループで紡ぎ続ける。
大島ではほかにも、梅田哲也による音のインスタレーション《音(おと)と遠(とお)》(2025)、継続的にこの地で制作に取り組む鴻池朋子の作品、そしてやさしい美術プロジェクトが大島の土を使って生み出した「大島焼」の器なども鑑賞できる。
引田エリアがある東かがわ市は、香川県の東端に位置する。古くから"風待ちの港"として栄えた引田は、近畿・四国をつなぐ海上交通の要所として知られてきた。
江戸時代には醤油醸造が盛んになり、讃岐三白(砂糖、塩、綿)をはじめとする物資輸送の拠点として発展。現在も続く手袋産業は明治時代に始まり、国内シェア90%を誇っている。こうした歴史ある町並みを舞台に、地域に根ざした「手工業」をテーマとした作品が数多く展開されている。
元酒造の笠屋邸では、ラックス・メディア・コレクティブ(インド)による《KASAYAソーシャル/パフォーマンス・スペース+アートワーク》(2025)が展示。作家は、かつてここで日本酒を醸造していた桶の記憶から着想を得たという。
円筒形の桶を床に埋め込み、それぞれを照明で照らすインスタレーション。神秘的な円形の光をよく見ると、絵の具や版画で表現された微生物世界の質感が浮かび上がる。会期中はパフォーマンス・スペースとしても機能し、公式イベントでパフォーミングアーツが披露される予定だ。
東かがわ手袋ギャラリーは、明治時代に棚次辰吉がこの地にもたらした手袋産業を伝える場所だ。ここでは、大きな木造建物を改修し、ロシア出身のレオニート・チシコフとマリーナ・モスクヴィナが手袋の街をめぐる物語を展開している。
注目は《みんなの手 月まで届く手袋を編もう!》。モスクヴィナが物語を書き、チシコフが絵画や立体作品を制作。「この空間をどのように使うか大きな課題でしたが、ディレクターの北川フラムとキュレーターの鴻野わか菜にインスパイアされたチシコフにできないことはない。月まで手だって届きます! 東かがわは手袋の街だから、350人もの住民と一緒に古着を裂いた紐で大きな手袋を作ることが決めた」とモスクヴィナが解説する。
チシコフはロシア・アヴァンギャルドへのオマージュ作品を数多く手がけてきた作家だ。本作のフォルムは、ロシアでは未来やより良い社会への希望を象徴するという。厳しい状況下にあるロシアにおいて「悲痛な時代にもユートピアを夢見よう」というメッセージが込められ、「みんなの手がひとつの大きな手をつくる」という願いが表現されている。階段を上がった先には、宇宙をイメージしたインスタレーションも展示されているので、こちらもお見逃しなく。
沼田侑香は、高齢化や人口減少で変わりゆく港町と、通信手段の変化で役割を失いつつある大漁旗を重ね合わせた《積層される情報》(2025)を制作。香川の住民から集めたペットボトルキャップをそのままの色で使用し、地域協働による現代版大漁旗として蘇らせている。
さらに夏会期限定の新作として、次のふたつの作品も見逃せない。桒原寿行の《奉納和船の出航 - 「あまりものたち」の物神を、海に奉納する。》(2025)は、廃物を精巧な奉納和船として再構築し、本来は海に出ることのない船舶模型を実際に夏会期中に出航させる。
また、《引田市井分解図》(2025)では、新居俊浩が地域住民へのインタビューを通じて彼らの日常的な営みを記録し図解している。
さぬき市の志度エリアは、四国遍路第86番札所・志度寺の門前町。推古33年開創の古刹で、海女の玉取伝説や平賀源内の生誕地として知られる。いっぽう、津田エリアには白砂青松の景勝地「津田の松原」があり、樹齢600年を超える老松など約3000本が1kmにわたって海岸沿いに続く。
この津田の松原で展開されているのが、ケイトリン・RC・ブラウン&ウェイン・ギャレット(カナダ)による《時間との対話》(2025)だ。およそ13000枚のカメラレンズを使った神秘的なインスタレーションで、老松が刻む森の時間と人々の時間を融合させている。レンズの間に生じる歪み、映り込む森と海の風景が刻々と変化し、時間の流れを可視化する。自然のなかで体験する本作は、津田の松原の悠久の美しさをより深く感じさせてくれる。
リーロイ・ニュー(フィリピン)は、志度寺と自性院で新作インスタレーション《メブヤンのバランガイ(メブヤンの船または聖域)》(2025)を展示。志度に伝わる海女の伝説と航海民族であるフィリピンの伝統から着想を得た作品で、「廃棄物」から未来への思考を表現している。
既存の電動製品や情報システム、廃品などを誤用・転用・ハッキングするかたちで組み合わせ、平面や立体、インスタレーション、パフォーマンス等の形式で作品を発表するやんツー。平賀源内記念館で展開される《風雷讃甚》(2025)は、「発電」と「修復」をキーワードとした作品だ。平賀源内の領域横断的で縦横無尽な創造性にヒントを得て、ありえたかもしれないテクノロジーについて考察するインスタレーションを館内に展開している。
夏会期中の土日祝日には、引田エリアと津田エリアを往復する無料シャトルバスが運行されている。お盆期間は混雑が予想されるため、時間に余裕を持った計画がおすすめだ。海風は心地よいが、日陰が少ない立地のため、帽子や水分補給など十分な暑さ対策を心がけて鑑賞したい。
高松港で開催されている「≪ベトナムプロジェクト≫Cộng Moments~食と手仕事と雑貨のベトナムマルシェ~」では、伝統工芸から現代的な雑貨まで幅広く紹介。ハノイで始まり、いまでは世界7か国に100店舗以上を展開している話題の「コン・カフェ」も日本初出店している。
海風を感じながら、ベトナムの豊かな食文化や工芸品に触れることができ、芸術祭の締めくくりとしてぜひ訪れたい。
灰咲光那(編集部)
灰咲光那(編集部)