公開日:2025年7月10日

米ファッション研究の第一人者が語る、「ファッションはアートか?」よりも問うべきこと。ヴァレリー・スティール(FITミュージアム館長)インタビュー(聞き手:小石祐介)

論考集『ファッションセオリー――ヴァレリー・スティール著作選集』を6月に刊行したヴァレリー・スティールに聞く、アートとファッション、ファッションスタディーズ、日本。(撮影:編集部)

ヴァレリー・スティール

ファッションスタディーズの第一人者として知られ、数々の印象的なファッション展を手がけてきた、FITミュージアム(ニューヨーク州立ファッション工科大学ミュージアム)の館長兼チーフキュレーター、ヴァレリー・スティール。ファッションと文化や社会、ジェンダーなどの交差点に光を当て続けてきた彼女の論考をまとめた書籍『ファッションセオリー――ヴァレリー・スティール著作選集』(アダチプレス)が6月に刊行された。刊行を記念して来日したスティールに、小石祐介(KLEINSTEIN)がインタビュー。ファッションとアートの関係性やファッション研究の現在地、そして日本のこれからまで、対話を繰り広げた。【Tokyo Art Beat】

ファッションと知の現場で歩んできた研究者が来日

近年、ファッションの展覧会は世界各地の美術館において人気のトピックである。6月7日、ファッション展覧会のキュレーションの第一人者であるヴァレリー・スティールの講演会が都内で開催された。彼女は1997年よりFITミュージアム(ニューヨーク州立ファッション工科大学ミュージアム)のチーフキュレーターとして、2003年からは同館長として、25以上のファッション展を企画してきた。

「日本とアメリカはある点で似ている。それはヨーロッパの文化を輸入しながら独自の大衆文化を作り出してきた点である」。彼女は講演の冒頭でそう語った。

ファッション業界のみならず多くの人が認識しているように、ファッションの「首都」はいわずもがなフランスのパリである。いっぽう、ニューヨークは西洋社会の経済的・文化的中心に君臨しながら、ファッションの首都ではない。西洋と東洋という別の領域にいながら、アメリカも日本もファッションの首都、パリから見れば異邦人にすぎない。

アメリカは資本主義の首都であり、その経済活動が新しい社会の動きを生み出してきた。新しい音楽や映画、そしてアートがファッションと絡み合い、人々の消費が社会を動かしてきた。

実際、現代ファッションにおける出来事もアメリカが起点になっていることが多い。ラグジュアリーブランドを代表するルイ・ヴィトンのショーは世界各地からセレブリティやVIP顧客が集まるが、このブランドがバッグのみならず服を作り出したのは、アメリカ人デザイナーのマーク・ジェイコブスがクリエイティブ・ディレクターに起用されてからだ。そしてファッションウィーク自体が生まれたきっかけもじつはアメリカの関与が大きい。

ヴァレリー・スティールは、1987年にFITミュージアムで開催された展覧会「Three Women: Kawakubo, Vionnet, McCardell」を見て自分のキャリアが決定づけられたと話す。スティールの前任者である日系アメリカ人のハロルド・コーダ(Harold Koda)とリチャード・マーティン(Richard Martin)によって開催されたこの展示は、女性のデザイナーのデザインは男性デザイナーと何が違うのか?という挑戦的な問いのもとに作られたという(*1)。

スティール自身がこれまで企画した展示にも批評性のある内容が多い。とくに西洋社会において当たり前とされている価値観を再考させるような展示である。「China Chic: East Meets West」は日本のファッションが注目される最中、中国に先に目線を向け、服装史といえば西洋史という当たり前の価値観に対抗するかたちで非西欧的なファッション史の存在を提示した。また「PINK: The History of a Punk, Pretty, Powerful Color」展は、ピンクは女性的、ブルーは男性的といったステレオタイプな位置づけがどのように生まれてきたかという、色の意味性、記号性を再考する展覧会だった。

ヴァレリー・スティール編「PINK: The History of a Punk, Pretty, Powerful Color」カタログ

彼女の企画する展覧会の図録には美術論、社会学、そして服飾史など多面的な側面からファッションを考察するアカデミックな論考が付帯し、これは研究者のあいだのみならずファッション業界のインサイダーたちからも注目を集めてきた。当日のレクチャーは、来日のタイミングで出版された『ファッションセオリー――ヴァレリー・スティール著作選集』(アダチプレス)に収録された論考について、そしてこれまで企画した展覧会の解説を中心に行われた。講演会終了後、彼女にインタビューを行った。

「ファッションはアートか?」 結論はまだ出ていない

小石 講演の冒頭で、「日本とアメリカはヨーロッパのファッションを吸収しながら、独自の創造を行ってきた」と仰っていました。アメリカの研究者の立場として、ファッション研究で、意識していることはありますか? じつはサンディカ(フランスオートクチュール・プレタポルテ連合協会)の会長、ディディエ・グランバックが書いた『モードの物語──パリ・ブランドはいかにして創られたか』 (*2)には日本やアメリカのデザイナーに関する言及がかなり少なかったので驚いたんです。「あれ、これは日本が最初じゃないの? これはアメリカの影響じゃないの?」みたいな突っ込みどころが個人的には結構ありました。

スティール フランスはフランスのレンズでしかファッションを見ない傾向がありますね。帝国主義的というか。フランス人キュレーターに「アメリカにはファッションなんてない、ジーンズ以外は」なんて言われたこともありますよ(笑)。

小石 講演で知りましたが、ほぼ歴史のなかで消滅しかかっていたフランス人クチュリエのポール・ポワレを歴史的に再評価したのは、FITの初代館長ロバート・ライリーだったというのが皮肉ですね。ヴァレリーさんがホルストンとイヴ・サンローランを比較した展示を企画した際、サンローランのパートナーだったピエール・ベルジェが怒っていたというエピソードも面白かったです(*3)。さて、今回はアートメディアでのインタビューということで、若干ありきたりはありますが、ファッションとアートの関係性、そして日本のこともお聞きしたいと思います。突然ですが、ヴァレリーさんご自身はアートを収集されていますか?

スティール はい。ささやかながらですけどね。ニューヨーク在住のアーティストの作品を時々買ってます。ギャラリーには毎週のように行きますが、毎回買うほど余裕はないですね(笑)。

小石 アートとファッションを買う経験の違いって何だと思いますか?

スティール 昨今、アートはいつもリセールバリューが話題になりますよね。ファッションの買い物で記憶に残ってるのは、コム・デ・ギャルソンの2005年SSの「パンク・バレリーナ」コレクションで、フランケンシュタイン・ステッチが施されたジャケットです。

小石 野球のグローブみたいなジャケットですよね。あのコレクションはヴィジュアルも力強いですが、一目でどうやって作ったかがわからなくて、そこも面白いですね。

スティール あれを買うときはすごく心臓がバクバクしました。夫はそんな私を見て「君はクレジットカードのブランドもコム・デ・ギャルソンにしたほうがいいんじゃないの?」と言って笑っていたのですが、そのときに「大丈夫! これはアートだから!」とふと言い返したんです。「ファッションはアートだ」というのは、このような場面では都合が良いですね(笑)。

小石 ファッションはアートなのかといった論争はもう数十年以上続いていますよね。

スティール そうですね。この話題になると私は攻撃されることもあるんですが。よく言うのは「ファッションはアートか?」という問いに対する結論はまだ出ていないということです。肝心なのは、ファッションデザイナー自身が、自分たちの仕事をアートだと思っているか? そして、ほかのアーティストたち──画家や彫刻家たちが、ファッションをアートだと考えているかということです。昔はクラシック音楽は芸術で、ジャズはそうではないとされていた時代がありました。でもいまでは、ジャズも立派な芸術として認められていますよね。写真だってそう。かつては絵画がアートで、写真はそうじゃないと言われていたけれど、いまでは、写真もアートのひとつとして完全に受け入れられています。

私は、ファッションも「アート化(artification)」の過程にあると思います。でもあくまで「過程」であって、ファッション全体がアートになることは、おそらくないでしょう。 それに、ファッションをアートと呼ぶ根拠の多くは、ちょっと時代遅れですよね。「美しいからアートだ」などと言いますが、現代アートって必ずしも美しくないですよね? 「高度な職人技術があるからアートだ」と言っても、現代アートはむしろ粗野に作られたものだって作品として成立します。そもそも、アートの定義そのものが揺れているんです。 だから結局のところ、本人やその周囲の人たちが「これはアートだ」と思っているかどうか、それがいちばん大事だと思います。いっぽう、ピエール・ベルジェが「イヴ・サンローランはアーティストだ」と言ったからといって、それだけで周囲を説得するには不十分です。「彼は才能ある“デザイナー”だ」と考える人もいますから。ファッションに関して私がより関心があるのは「それが良いファッションかどうか」という点ですね。個人的にはむしろそれが面白い問いだと思っています。ファッションはアートか?といったものよりも。

小石 ファッションはアートと比較して、よりコマーシャルだと批判されることも多いですが、ヴァレリーさんはこの点についてはどう思いますか? 90年代にマルタン・マルジェラの服を買って着ることと、80年代にウォーホルのプリントを家に飾ることは、ある意味、消費活動としては似ているな、と私は思ったりもするのですが (*4)。

スティール ファッションはコマーシャルですが、アートの世界も同様ですよね。でも一般的に、人々はアートには何か崇高な目的があることを望んでいるのだと思います。そしてファッションは完全にはそう見えないのでしょう。実際、商品がただ流通しているだけ、といったような風景もファッションにはありますから。

METのサンローラン展に向けられた批判

小石 コマーシャル。そのキーワードでいうと大きな論争が起きたのは1983年にニューヨークのメトロポリタン美術館(MET)で開催されたイヴ・サンローランの展覧会でした。『VOGUE』の編集長を務めたダイアナ・ヴリーランドが主導で企画したこの展覧会は、アート界からコマーシャルな展示だ、といって激しい批判を受けたようですね。METのコスチューム・インスティテュートのアンドリュー・ボルトンも、この批判の結果、その後の美術館で存命デザイナーの個展の企画をやりにくくなったと言及していました。

「Yves Saint Laurent: 25 Years of Design」展示風景(メトロポリタン美術館、1983年-84)  © The Metropolitan Museum of Art

スティール 1983年の展覧会の評価は最悪だったんです。このリアクションには業界で多くの人が恐れおののきました。生きているデザイナーを美術館で扱うこと自体が商業的すぎると見られたんです。当時サンローラン自身が展示構成にかなり関与して、展覧会を買ったように見えたことも批判の対象でした。同じようなことがグッゲンハイムでのアルマーニ展でも起きて、これもかなり辛辣な評価を受けましたね。「バイクの次はアルマーニ? 金で展覧会を買ったのか?」と新聞が非難していたことを覚えています。

小石 私は2023年に東京の国立新美術館で開催されたイヴ・サンローランの回顧展を見たとき、正直なところ結構がっかりしました。現代のファッションの価値観やデザイン手法の考え方からすると若干古い印象を受けたからです。トルソーと写真をただ並べて展示をして、これはアーティスティックだぞ、すごいんだぞ、と言っても、初めて見た人にはなかなか響かないんじゃないかなと思いました。サンローランが活動していた当時の背景がもっとわかればよいのですが、そのパワーが伝わってこなかった。

スティール ファッションの展示は現代の人にとって視覚的にも強烈な印象を残さないとだめなんですね。そういう意味でアレキサンダー・マックイーンの回顧展「Savage Beauty」は良い例だったと思います。デザイナーの個展だけでなく、何かをテーマにした展覧会も同様です。私がキュレーションした「Gothic: Dark Glamour」展ではイメージとその背景を喚起する舞台や音楽などが必要でした。そのため、サイモン・コスティン(Simon Costin)(*5)に協力してもらって、棺、廃墟の城、墓場、研究所、クラブなどを連想させるセットを作りました。

ヴァレリー・スティール、ジェニファー・パク「Gothic: Dark Glamour」カタログ

小石 メトロポリタン美術館ではサンローラン展から30年以上が経過して、2017年にコム・デ・ギャルソンの川久保玲の展覧会「Rei Kawakubo / Comme des Garçons: Art of the In-Between」が開催されました。同館が存命のデザイナーを単独で取り上げた2度目の個展でしたが、このときの受け止められ方はどうだったんでしょうか?

スティール 川久保玲の展示はサンローラン展のときとは違いましたね。まず彼女がコンセプチュアルなデザイナーとして見られていたことが大きな違いだったと思います。個人的に興味深かったのは、彼女も展示のデザインに深く関与していたことを記者たちが気に留めていないことでした。むしろそれは空間、店作りと一緒で、彼女が行っているクリエーションの一部と見なされたからです。結果として、彼女の仕事は本質的に一種の芸術であり、その仕事は美術館に展示されるに値すると見なされていたのだろうと思います。

ただ、アート的な視点に関して言うと、サンローランにとって「アートにインスパイアされる」というのは、たとえば花の刺繍が施されたジャケットを作ることでした。皮肉でもジョークでもなく、本気の表現としてそのような仕事を彼はしていたと思います。ジェフ・クーンズが《モナ・リザ》をルイ・ヴィトンのバッグに貼りつけるような現代的なアイロニーとは違いますね。

「Rei Kawakubo / Comme des Garçons: Art of the In-Between」(メトロポリタン美術館、2017)

小石 なるほど。国立新美術館でのサンローラン展を見た帰りに、1983年の展示がああいった評価をされた理由を妻とああでもないこうでもないと議論したのが思い出です。というのも当時のニューヨークのアートシーンを振り返ると、サンローランも交流があったアンディ・ウォーホルをはじめ、ドナルド・ジャッド、ダン・フレイヴィンといったコンセプチュアルなアーティストがすでにかなり活躍していました。そういったアートシーンを知っている立場の観客が、1983年の展示を見たらどうだったかなと思ったんです。現代アートに関心があるニューヨーカーたちはフランスの古典的芸術観を否定していたわけではないと思いますが、ファッションのスーパースターが来ると思って、何かもっと鬼気迫るものを期待していたんじゃないかなと。

スティール そうですね。じつはコンセプチュアルなファッションに対する関心というのは80年代前半にはすでにありました。覚えていますか? 1982年の『Artforum』の表紙に、三宅一生のラタン(籐)の身頃とポリエステルを使った作品が掲載されたんです (*6)。ファッションの作品がアート誌の表紙を飾ったのは、このときが初めてじゃないかなと思います。1982年にすでに日本のアヴァンギャルドなデザイナーたちがたんなるコマーシャルなファッションではなく、これまでと違ったアートに近い何かを作り始めているという意識が人々のあいだに芽生え始めていたと思います。

ファッションスタディーズのいま

小石 イェール大学時代にファッション研究を志した頃の話も聞かせてください。1992年のエッセイ「F‑Word」(『ファッションセオリー』収録)にその頃のエピソードが書かれていました。ファッションの研究をしたいと周りに話したら、かなり白い目で見られたそうですね。いまもそういった空気は存在しますか? 日本でも、ファッションの仕事やファッション自体が軽んじられる傾向は多少あるとは思います。

スティール 以前ほどではありませんが、まだ根深いものがありますね。当時、ファッションは学問として忌避されていました。いまは「面白い研究対象かもしれない」と認められつつありますが、それでもほとんどの大学には「ファッション学部」は存在しません。せめて美術史学科のなかに「ファッション史」のトラックを作ってもいいはずなのですが、それも簡単ではないわけです。

FITでの私の前任者、リチャード・マーティンが亡くなる前、彼がコロンビア大学で開いていたクラスを引き継いでほしいと頼まれました。学部生も大学院生もフルブライト奨学生も、誰もがそのコースを取りたがっていたほどの人気のクラスでした。でも美術史の教授陣は「ファッション史の講座の枠を作ろう」とは言いませんでした。いま現在も、制度の問題が大きいですね。博士課程でファッションを研究したいという人がいても、そもそも指導教授となる人を探さなければなりません。それ自体が簡単ではないんです。フランスでさえ、ファッション研究の博士号を持っている人はほとんどいませんから、私もよく博士論文の審査委員を依頼されて行くことがあります。

ヴァレリー・スティール著『ファッションセオリー――ヴァレリー・スティール著作選集』(アダチプレス)表紙

小石 ファッション業界の中に入って働く、という選択肢を考えたことはありますか?

スティール いいえ。ただ、いまは以前とは環境が大分変わりました。とくにファッション分野の修士や博士の学位を持った人たちがラグジュアリーブランドに入社するケースや、アーカイヴ管理やブランド史の執筆を担当するといったことが増えてきました。人によってはそれをプロパガンダ作成の仕事と言うかもしれません。ただ、非常に学問的な素養を持った人たちが、クールなコレクションに関わる仕事をしているというのは素晴らしいことだと私は思います。

現象としてのファッション

小石 ファッションデザイナーを評価するとき、どのような基準で見ていますか?

スティール 未来への影響力ですね。そのデザイナーがその後、他者にどのような影響を与え、どのように社会の一部となり、現象を作ってきたか。そうなれば、そのデザイナーは歴史的に深く根差した存在になります。

小石 なるほど、『ファッションセオリー』に収められたエッセイの中で「ファッションは社会現象」であるということが言及されていました。たとえば、社会現象そのものを作り出す存在は「ファッションデザイナー」と呼べると思いますか? ――ヴィヴィアン・ウエストウッドを例にすると、デザイナーは彼女ですが、その背後で影響力のあったマルコム・マクラーレンを広義の意味でデザイナーと呼べるとは思いますか?

スティール 私はマルコムをデザイナーだと考えたことはありません。マルコムはもちろんアイデアに富んでいましたし、アートスクール出身でとても影響力のある人物でした。しかし、私は彼にヴィヴィアンの仕事全体のクレジットがあるとは思っていません。FITでリチャード・マーティンがマクラーレンにインタビューしていたとき、私はバルコニーから「ヴィヴィアン・ウエストウッドについてはどうなの!?」と叫んだことがあります。

小石 この質問をしたのは、いまファッションのマクロな動きが大資本によって左右されているからです。LVMHのベルナール・アルノーやユニクロの柳井正といった経営者が持つ影響を考えると、ファッション現象の“デザイン”という広い文脈でとらえるなら、こうした人物も「ファッション(現象)のデザイナー」として認められるべきでしょうか?

スティール それは違うと思います。さすがにそこまでストレッチした解釈はしないですね。ファッション業界の経営者や製造者は、確かにファッションのプロセスに深く関わっていますが、彼らはむしろ「ディーラー」に近い存在であってクリエイターではありません。彼らはもちろんファッション界だけでなく、アート界にも関与はしています。でも、クリエイティブなアイデアに対してその創造の役割を担っているわけではなく、資本の担い手として振る舞っているというのが私の見解です。

小石 現在のファッションの現象で気になるものはありますか?

スティール ラグジュアリーコングロマリットの巨大化とファストファッションコングロマリットの巨大化ですね。独立系の人たちがその狭間にいて、あいだの領域がどんどん狭くなっているように見えます。過剰生産と労働搾取といった問題も気になるところです。

小石 ラグジュアリー企業といえば、いまファレル・ウィリアムスがルイ・ヴィトンのクリエイティブ・ディレクターを務めています。歴史家としてのあなたの視点から、この変化をどのように解釈しますか?

スティール ファレルはミュージシャンというだけでなく、現代社会におけるいわゆるセレブリティです。巨大化したファッション企業は、これまで以上にそういったタレントを必要としているという状況の現れだと思います。

いま、日本をどう見ているか

小石 最後に日本についての話題を挙げたいと思います。東京でお気に入りのエリアはどこですか?

スティール なんだか当たり前な答えになってしまうけれど、表参道が好きです。街の坂を登ったり降りたりしてるとホームに来たんだなっていう感じがします。東京の魅力は、来るたびに新しい場所やお店を見つけられることです。昔、ティファニー・ゴドイ(現『VOGUE JAPAN』編集長)と一緒に小さなブティックを巡ったことがあったのですが、そのときに気になったのは「Dog」というお店でした。

小石  さきほど、1980年代前半に日本のデザイナーの活動をきっかけとしてコンセプチュアルな、あるいはコマーシャルなものとは違ったファッションが生まれてきたという感覚があったとの話がありました。そのデザイナーたちは皆、表参道に旗艦店を構えていてラグジュアリーブランドがそれに続いていますね。ヴァレリーさんがFITで企画した2010年の「Japan Fashion Now」展もまさに表参道と原宿の変遷がフィーチャーされ、その際に書かれたエッセイ「Is Japan Still the Future?(日本はいまなお未来か?)」(『ファッションセオリー』収録)では、80年代の日本のグローバルな台頭について改めて考察されていました。

2020年代以降、日本への関心はさらに高まっているように思います。外国からの訪日客は5倍にも増えました。「日本的なもの」はかつてないほどメインストリームで注目を浴びていますが、アメリカから見て変化を感じられますか? 欧州のバイヤーたちも日本のブティックを研究していたりしますし、最近は東京へ移住したり、店を開いたりするクリエイターも見かけるようになりました。

「Japan Fashion Now」カタログ

スティール それは面白い動きですね。日本のビジュアルはいつも魅力的なので不思議ではないですが。ただ、80年代当時に受けた衝撃と比べると、いまは違う感じがします。80年代は日本が飛ぶ鳥を落とすような勢いでした。西洋人にとっては、日本がこのまま世界を征服するんじゃないかと感じたほどだったんですよ。経済的に日本が成長を続ければアメリカもヨーロッパも衰退するのでは、といった不安も広がっていたように思えます。当時では考えられなかった「西洋人が生魚を食べ出す」という現象が象徴的でした。

小石 当時はバブルでしたよね。リドリー・スコットの『ブレードランナー』(1982)を見ると、日本が相当意識されていたのがわかります。ドナルド・トランプも当時日本についてたびたび言及していたようですし、それこそウォーホルが日本のテレビCMに出演していたというのも驚きですが。いま日本が注目されているのは、どのような理由からだと思いますか。

スティール いま日本が注目されているのは、まずよく言われがちな円安だから、という理由だけではないでしょう。「極東アジアの台頭」が大きな理由だと思います。いま、世界では中国、韓国をはじめ、東アジア全体が台頭していますよね。政治的・経済的中心は以前と異なり、中国にシフトしていると思いますが、東アジアにおいて文化的にもっとも洗練されているのが日本なんです。何よりもまず日本というのは西洋人にとって「いちばん身近な極東」なんですよ。

だからパリが西側社会にとってそうだったように、東京がアジアのファッション・キャピタルになっていく可能性は十分にあると思います。中国、韓国、インドネシア、タイの若いデザイナーたちが東京でコレクションを発表するという未来もありえるでしょう。「東アジア圏がますます重要になっていくなら、日本もさらに重要になる」という意識は、世界の流れのなかで今後も強くなっていくと思います。そんななかで日本にとってチャレンジングなのは、少子高齢化の問題でしょうね。80歳以上の高齢者ばかりの社会では、創造力を保てません。若い世代がいなくては。

*1──そこではフランス人デザイナーであり近代衣服デザイナーの一人とされるマドレーヌ・ヴィオネ(Madeleine Vionnet)、大衆のために既製服デザインを変えたデザイナーとして再評価をされることとなるアメリカ人デザイナーのクレア・マッカーデル(Claire McCardell)そして川久保玲の3人がフィーチャーされた。
*2──Histoires de la mode (2008) Didier Grumbach
*3──Yves Saint Laurent + Halston: Fashioning the 70s (2015) https://www.fitnyc.edu/museum/exhibitions/yves-saint-laurent-halston.php
*4──この視点についてはインタビュアーの小石祐介が「アートとファッション それぞれのゲーム」で言及している。https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/art_and_fashion
*5──サイモン・コスティン(Simon Costin)はセットデザイナー、アレキサンダー・マックイーンとの協業、写真家ティム・ウォーカーとの協業で有名。
*6──この当時の表紙はArtforumのアーカイブに公開されている。https://www.artforum.com/features/editorial-2-208410/

ヴァレリー・スティール (Valerie Steele)

FITミュージアム(ニューヨーク州立ファッション工科大学ミュージアム)館長兼チーフキュレーター。イェール大学大学院で近現代ヨーロッパ文化史の博士号を取得後、『ファッションとエロティシズム――ヴィクトリア朝からジャズ・エイジにいたる女性美の理想』(1985年)を出版し、ファッションにおけるセクシュアリティの歴史研究で注目される。1997年よりFITミュージアムのチーフキュレーターとして、2003年からは同館長として25以上のファッション展を企画し、多数の図録や書籍を執筆・編集。ファッションを文化の一部として捉えるその研究は、歴史、文学、芸術に関する豊かな知識に加え、審美的かつ実証的な洞察によって高い評価を得ている。1997年に『ファッションセオリー――衣服・身体・文化』を創刊し、ファッションスタディーズの基盤を確立したほか、『衣服とファッションの百科事典』(2005年)の編集を務めた。

「LOVE ファッション─私を着がえるとき」関連プログラム
講演会 ヴァレリー・スティール氏「FITミュージアムにおけるファッション展」

日時:2025年6月7⽇
会場:東京オペラシティビル 7F 会議室
講演者:ヴァレリー・スティール博⼠(FITミュージアム〔ニューヨーク州立ファッション工科大学ミュージアム〕館⻑兼チーフ・キュレーター)
司会:平芳裕⼦(神⼾⼤学⼤学院 人間発達環境学研究科 教授)

『ファッションセオリー――ヴァレリー・スティール著作選集』

著者:ヴァレリー・スティール
監訳者:平芳裕子、蘆田裕史
訳者:五十棲亘、鈴木彩希、工藤源也
装丁:帆足英里子(ライトパブリシティ)
発行・発売:アダチプレス

小石祐介

小石祐介

株式会社クラインシュタイン代表。東京大学工学部卒業後、コム デ ギャルソンで数々の企画を担当。独立後、現在はパートナーの小石ミキとともにクラインシュタインとして、国境を超えた対話からジェンダーレスなユニフォームプロダクトを発信する「BIÉDE(ビエダ)」のプロデュース、スロバキア発のスニーカーブランド「NOVESTA(ノヴェスタ)」のクリエイティヴディレクションをはじめ、国内外のブランドのプロデュースやコンサルティングなどを行う、また2025年より南青山にてショップ「STEIN BOX」を運営中。2017年8月には、70年代のイギリスのパンクカルチャーの先駆けであるJOHN DOVE AND MOLLY WHITEによる日本初の個展『SENSIBILITY AND WONDER』(DIESEL ART GALLERY)のキュレーションを行うなど、アートとファッションをつなぐプロジェクト、キュレーション、評論・執筆活動も行っている。