公開日:2025年8月23日

「日常のコレオ」(東京都現代美術館)開幕レポート。日常に潜む「振付」と、アジアを中心とした国内外30作家による批評的な応答

15を超える国と地域を拠点に活動するアーティストが一堂に会す。会期は8月23日〜11月24日

FAMEME《THORNITURE》(2025)展示風景

異なる場所における人々の営みや身振りに着目する

東京都現代美術館で、「開館30周年記念展 日常のコレオ」が8月23日から開催される。会期は11月24日まで。

本展には、アジアを中心とした15を超える国と地域を拠点に活動するアーティスト約30組が参加。ジェンダー規範に基づいた家庭、美術館のような制度的空間、ムンバイや沖縄などの都市空間といった異なる場所における人々の営みや身振りに着目し、変容をもたらす主体性の現れを探求する。

展覧会タイトルに込められた「コレオ」は「コレオグラフィー(振付)」の意。制度や慣習、社会的規範といった目に見えぬ力によって規定される言動、そしてそのような管理や統御に対する批評的な応答の両方を表している。担当学芸員は、東京都現代美術館の崔敬華、小高日香理。パフォーマンスは同美術館学芸員の権祥海、原田美緒が担当している。

参加アーティストは、青山悟、バクダパン・フード・スタディ・グループ、CAMP、ヒーメン・チョン、ジョナタス・デ・アンドラーデ、ブレンダ・ファハルド、FAMEME、シルパ・グプタ、檜皮一彦、出光真子、今宿未悠、ジュリア・サリセティアティ& アリ・ジムゲット・センディ、黑田菜月、アン・ミー・レー、サム・メッツ、シュビギ・ラオ、リ、ライス・ブリューイング・シスターズ・クラブ、ピナリー・サンピタック、佐々木健、新海覚雄、ソー・ソウエン、髙橋莉子、髙橋凜、トランスフィールドスタジオ、上原沙也加、植村真、カレル・ファン・ラーレ、山田響己、大和楓ら。

「開館30周年記念展 日常のコレオ」参加作家とキュレーター陣

多様な歴史や社会文脈から立ち上がる作品群

「この展覧会は開館30周年を記念する展覧会。美術館のこれまでの30年を振り返るのではなく、美術館が次の30年、誰に向けた場所であるのか、どういう役割を果たすべきなのかということを企画の出発点としました」と崔は語る。

展示室は1階と地下2階をフルに活用。各地の社会的、歴史的文脈を起点とした絵画、写真、インスタレーション、映像からパフォーマンスまで幅広い表現が紹介される。国内初公開となる作家・作品や、東京でのリサーチをもとに制作された新作も多く含まれる。

たとえば生態系におけるニューロダイバーシティの経験を探究している、イギリスのサム・メッツは、自身の拠点であるハルに通じる木場の歴史に応答し、木材を用いた立体作品や版画、アニメーションを制作。

サム・メッツ《木を踏む》(2025)展示風景

ブラジルのジョナタス・デ・アンドラーデは、先住民カヤポの女性たちと協働した巨大な絵画《抵抗への飢え ― カヤポ・メンクラグノチの礎(「尽きることのない飢えの地図」より)》(2019)を出展し、違法採掘に脅かされるこの地における国家の公式地図に抵抗する境界を描き出す。幾何学的なパターンは、カヤポの女性たちのボディペインティングの図像に由来する。あわせて展示されている写真には、作品に参加した女性たちの手と名前が表されている。

ジョナタス・デ・アンドラーデ《抵抗への飢え ― カヤポ・メンクラグノチの礎(「尽きることのない飢えの地図」より)》(2019)、《抵抗への飢え ― カヤポ・メンクラグノチの女性たち(「尽きることのない飢えの地図」より)》(2020)
ジョナタス・デ・アンドラーデ

手仕事や「ありふれたもの」から歴史を照射する

青山悟は、1920年代の工業用ミシンを用いて、資本主義やグローバル化のなかで忘れ去られていく存在を刺繍で掬い上げる。今回は「手仕事」にフォーカスした過去作に加え、鑑賞者が触れられる新作《重なる手のための刺繍》(2025)を発表している。

佐々木健も過去作に加えて新作《畳》(2025)を出展。文字通り畳を描いた油彩画だが、「畳にはかつて日本がアジア諸国を植民地化していた時代に各国に敷かれていたという歴史がある。また油絵は西洋から日本に輸入されたものだが、ある種の歴史画や君主の肖像画が日本からアジア諸国に広まっていったという背景がある」と作家は説明。「このようなありふれたものが排外主義的、植民地主義的なものにつながってることを意識せざる得ない時代だと思ったので、これを新作として作りました」と続けた。

佐々木健 畳 2025
佐々木健の作品

ここでは、佐々木の油絵と並び、出光真子による映像作品《主婦の1日》(1977)が展示され、家事労働の不可視性に光を当てる。

日韓の海女たちの言葉と経験、日本の介護の現場を目指す移民労働者

続く展示室にひろがる構造物と立体作品は、韓国のライス・ブリューイング・シスターズ・クラブによる《ウミ、手、海女たち》(2025)と、インドネシアのジュリア・サリセティアティ & アリ・ジムゲット・センディによる《振り付けられた知識》(2025)だ。

会場風景

ソウルと釜山を拠点に「社会的発酵(social fermentation)」という独自のコンセプトに基づいて活動を行うライス・ブリューイング・シスターズ・クラブは、日本と韓国の海女をテーマにした新作を制作。海女たちが培ってきた技術や、日韓を行き来する彼女たちの歴史的・社会的背景がアニメーション作品として語られ、海女たちにとって重要な場である囲炉裏をイメージした丸い構造物の中央で上映されている。半透明の立体作品には、海女たちが採取したテングサを原料とする寒天から作られたバイオプラスチックが用いられている。

ライス・ブリューイング・シスターズ・クラブ《ウミ、手、海女たち》(2025)展示風景

ジャカルタのアート・コレクティヴ「ルアンルパ」のメンバーでもあるジュリア・サリセティアティと、主に写真や協働を伴う制作を通じて周縁化された歴史の保存を行ってきたアリ・ジムゲット・センディ。2011年にスタートした《振り付けられた知識》は、アジアの様々な国で働くインドネシアの移民労働者や、渡航先から戻ってきた人々の経験や現状を掘り下げるプロジェクトだ。今回は、日本の介護の現場で働くために日本語の挨拶やビジネスマナー、介護の技術などの訓練に取り組むインドネシアの若者たちを映した映像作品を制作。

ジュリア・サリセティアティ & アリ・ジムゲット・センディ《振り付けられた知識》(2025)展示風景

スクリーンを囲むように蛇行する構造物には、植民地時代以前から現代までのインドネシアの教育政策の歴史を記した年表が展示されている。「インドネシアの移民労働者は、渡航先の国の人々がなかなかやりたがらない仕事に就くという現状がある。農業や重労働を課される仕事、食品加工、介護などです。これはインドネシアの教育というのものがそもそもどういうもので、どのようにいまにつながっているのかを理解し、シェアしようという試みです」とサリセティアティは語る。

ジュリア・サリセティアティ & アリ・ジムゲット・センディ《振り付けられた知識》(2025)展示風景

ドリアンが象徴する複雑なアイデンティティ

ピンクのネオンライトが目を引く展示は、台湾を拠点に活動するFAMEMEによるもの。ウォーターメロン・シスターズの活動でも知られるユ・チェンタの分身でもあるFAMEMEは、ドリアン農家に生まれ、ディアスポラでクイアとしてのアイデンティティを象徴するものでもあるドリアンをモチーフにしたプロジェクトを続ける。今回は新たに「THORNITURE」という音楽レーベルを立ち上げ、Moment Joon、なみちえ、DANNY JINという、それぞれ異なる文化的背景を持つ3人の若手ラッパーを迎えて楽曲を制作した。

FAMEME《THORNITURE》(2025)展示風景

ドリアンを片手に内覧会に登場したFAMEMEは、「ドリアンは“果物の王様”と言われるけど、いろんな偏見を持たれてもいる。THORNITUREは、thron(棘)とfuture(未来)を組み合わせた造語です」と説明。会場では、美術館で撮影された楽曲のMVや、FAMEMEがプロジェクトについて語る映像作品、ドリアンをモチーフにしたネオンカラーの巨大立体作品などが広がる。

FAMEME
FAMEME《THORNITURE》(2025)展示風景

都市の風景に蓄積する時間や記憶、人々の生

地下2階のフロアでは、ふたたびジョナタス・デ・アンドラーデの作品が来場者を迎える。

《導かれたゲーム》(2019)と題されたこの映像作品は、ブラジル北東部の村で独自の手話を発展させたろう者のコミュニティーをとらえたもの。深刻な干ばつに見舞われたこの地では水や資源、教育へのアクセスが限られ、国の公用手話も十分に普及していない。本作では身振り手振りで繰り出されるかれらのボキャブラリーを記録し、それに対応する日本語訳とともに映し出す。映像からはその身体性を伴うコミュニケーション表現や、住民たちの日常の一端を垣間見ることができる。

ジョナタス・デ・アンドラーデ《導かれたゲーム》(2019)展示風景
ジョナタス・デ・アンドラーデ《導かれたゲーム》(2019)展示風景

続く展示室では、「風景」をひとつの軸として、サイゴン生まれでベトナム戦争終結直前に政治難民としてアメリカに渡った経歴を持つアン・ミー・レー、故郷・沖縄の日常の風景にある時間の痕跡を写しとる上原沙也加、児童労働や女性の権利、不可視化されたクィア・コミュニティの現状、母国ミャンマーの政治情勢などをめぐる作品を制作するによる写真作品を展示。

の《魂のない都市》(2019〜20)は、2006年に軍事政権によって建設された新首都ネビドーの空虚な姿をとらえたシリーズ。そこに写るのは、「完璧な首都」を演出するように作られた大型の建造物。新首都は周辺にいた人々の土地を奪い取るかたちで作られ、建設に反対した市民は理不尽な暴力にもさらされた。

その街を「人々のためでなく、軍による軍のための街」と語る作家は、「2011年から私の国では、多くの人々が命を落としました。この作品によって、かれらに敬意を表したいとも思っています。ミャンマーのことを考えるときは、その方々にも思いを馳せてほしい」と呼びかけた。

CAMP《ボンベイは傾く》(2022)展示風景

また、インド・ムンバイのスタジオ・CAMPによる《ボンベイは傾く》(2022)も都市に目を向けた作品。35階建てビルの屋上に設置された1台のCCTVカメラが、街のなかに織り込まれた経済格差や空間的分断を浮かび上がらせる。

抵抗の身体と、世代・地域を超えて響く抗議の歌

次の展示室では、1階に続いて佐々木健の絵画作品が並ぶ。13本の垂木を描いた《ゲバ棒、杖、もの派の現象学、または男性性のロールモデルについてのペインティング》(2024)は、学生運動に身を投じていた自身の父や、大学時代に師事したもの派の作家たちの存在を背景に男性性を再考する。

佐々木健の作品。左が《ゲバ棒、杖、もの派の現象学、または男性性のロールモデルについてのペインティング》(2024)

沖縄を拠点とする大和楓は、辺野古新基地建設をめぐる反対運動をテーマに、装置とドローイングで構成された作品《仰向けで背負う》(2025)を展示。装置に座ると、抗議の座り込み中の人々を機動隊が強制的に移動させる際の身体の姿勢や自重をトレースすることができる。横長に広がるドローイングには、抗議活動の過程で蓄積された時間が線描によって表されている。作家には強制排除される人たちが、機動隊の人々を「仰向けで背負っているようにも見えた」ことが、作品のタイトルにつながっているという。

大和楓 仰向けで背負う 2025
大和楓 仰向けで背負う(部分) 2025

インド出身のシルパ・グプタによる《リスニング・エア》(2019〜2025)は、様々な世代・地域のプロテストソングを響かせる音響インスタレーション。「この作品は、人々の声や言語が持つ力、個人と大きな構造の対立などを探究している」と作家。今回は、ベトナム戦争下の日本で生まれた反戦歌『死んだ男の残したものは』(武満徹作曲、谷川俊太郎作詞)が新たに録音されて、加えられた。

シルパ・グプタ リスニング・エア 2019-25

休息や参加を促すインスタレーション

展示室を抜け、吹き抜けのスペースには、タイの作家ピナリー・サンピタックによるインスタレーション《マットと枕》(2025)が登場。2017年にスタートしたこの作品は、人間が生きていくのに最低限必要なもの──シェルターや体を休めるための場所をモチーフとしている。ここではタイの様々な地域で作られている敷物や日本の畳などが敷かれ、来場者は靴を脱いで休息することができる。「観客のみなさんも作品の一部です」とサンピタックは語った。

ピナリー・サンピタック マットと枕 2025
バクダパン・フード・スタディ・グループ スパイスの空間 2025

展覧会を締めくくるのは、マレーシアのヒーメン・チョンによる新作《出発(パート1)》(2025)だ。チョンが撮影した200枚の写真から、毎日来場者が1名が選んだ2枚のみを展示するという参加型作品。その写真を選んだ理由を開示する必要はなく、選ぶのにかける時間も自由。目に見えているものは氷山の一角で、その背後に不可視の層が広がる現代社会の様相を象徴しているという。

ヒーメン・チョン 出発(パート1) 2025

なお本展では、パフォーマンスやワークショップなどを、作展示の周辺的な文脈にとどまらないものと位置付けており、会期中は美術館内外を使った様々な企画が用意されている。「コレオのコリドー」と名付けられた最後の展示室がその拠点だ。

コレオのコリドー

「日常のコレオ」は、現代美術を通じてこれからの社会を多角的に思考するプラットフォームを構築することを目指す展覧会。地域や社会の歴史や文化に批評的な目を向ける、現代のアーティストたちによる多様な実践に一度に触れることのできるまたとない機会だ。長尺の映像作品も多いため、時間に余裕を持って訪れたい。

後藤美波

後藤美波

「Tokyo Art Beat」編集部所属。ライター・編集者。