公開日:2025年8月14日

【対談】今日マチ子×満島ひかり|アニメ『cocoon』が描き出す、「いま」を生きる少女たちの戦争と想像力【戦後80年特集】

今日マチ子による戦争マンガが原作のアニメ『cocoon~ある夏の少女たちより~』が、NHK総合で8月25日に本放送される。原作者であるマンガ家の今日マチ子と、主要キャストの声を演じた俳優・満島ひかりの対談をお届け。

『cocoon~ある夏の少女たちより~』 左から、サン(伊藤万理華)とマユ(満島ひかり)

ひめゆり学徒隊に想を得て描かれたマンガ『cocoon』がアニメ化

マンガ家の今日マチ子が、第二次世界大戦末期の沖縄戦に動員されたひめゆり学徒隊(*1)に着想を得て描き、2010年に単行本が刊行された『cocoon』(秋田書店)。同作を原作とするアニメーション『cocoon~ある夏の少女たちより~』が、8月25日(23:45~)にNHK総合で放送される。今年戦後80年になる節目に制作され、NHK BSで3月に先行放送された戦争アニメが、いよいよ本放送となる。

『cocoon~ある夏の少女たちより~』 NHK総合 8月25日(月)夜11:45

舞台は、敵軍の攻撃にさらされる南国のシマ。シマいちばんの女学校に通うサンは、親友のマユとともに味方の傷病兵を看護する学徒隊として戦地に赴く。戦況が悪化し、学友たちが次々と命を落としていくなかで、サンとマユは助け合い、想像の力を借りて生き延びようとする——。

凄惨な戦闘に巻き込まれた少女たちを独自の視点から描いた原作は、文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選ばれ、劇団「マームとジプシー」が舞台化するなど、新時代の戦争マンガの傑作として高く評価されてきた。今回のアニメ化に当たり、元スタジオジブリの舘野仁美がアニメーションプロデューサーを務め、監督の伊奈透光や音楽担当の牛尾憲輔ら気鋭の若手も結集し、「広い世代が戦争や平和について考えるきっかけになる物語」を目指したという。主要キャストのマユ役は人気俳優の満島ひかり、サン役は元乃木坂46の伊藤万理華が演じるのも話題だ。

本放送を前に、原作者の今日マチ子と満島ひかりのオンライン対談を実施。『cocoon』や迫害下の少女を描いた『アノネ、』、家出少女が主人公の近著『かみまち』などで現実とアイデンティティの狭間で揺れる少女の心理を抒情的に描き、多くの読者に支持される今日。圧倒的な存在感と表現力を持ち、昨年は主演映画『ラストマイル』のメガヒット、今年も映画『夏の砂の上』『ホウセンカ』『兄を持ち運べるサイズに』など出演作が相次ぐ、沖縄で育った満島。対面は2度目というふたりの会話は、アニメ『cocoon』の見どころから想像のチカラや個人のナラティブの大切さまで広がった。

今日マチ子(きょう・まちこ) マンガ家。東京藝術大学卒業。毎日綴った1ページマンガブログ「今日マチ子のセンネン画報」の書籍化で注目を浴びる。2014年に手塚治虫文化賞新生賞、15年に日本漫画家協会賞大賞カーツーン部門を受賞。『みつあみの神様』は短編アニメ化され海外で23部門賞受賞。2020年以降、コロナ禍に揺れる人々の様子を描き続けた「#stayhome」シリーズを発表。近著に『かみまち』『すずめの学校』『おりずる』など
満島ひかり(みつしま・ひかり) 俳優。鹿児島県生まれ、沖縄県育ち。1997年にダンスボーカルグループ・Folderでデビュー後、俳優として幅広く活躍。2025年第48回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞(『ラストマイル』)ほか受賞多数。現在、出演作『夏の砂の上』が劇場公開中。アニメ番組『アイラブみー』(NHK Eテレ)レギュラー出演中。2023年にクリエイションレーベル「rhapsodies」をスタートし、25年にシングル「LOST CHILD」をリリース

アニメ化に向けた思い

──まず今日さんからアニメ『cocoon』をご覧になった感想を教えていただけますか?

今日マチ子(以下、今日)  最初にアニメを拝見したとき、あまりに圧倒されて、見終わって呆然となりました。普段は絵が動かない世界に生きているので、自分が作りだした「彼女たち」が画面でお喋りしたり、動いたりするのがまず純粋に驚きでした。原作を描いてから15年以上たっているので、その物語が現在通用するのかと不安を感じていた頃でしたが、アニメ化により様々な人の思いや現代の色をまとって新しい命が吹き込まれ、いまの世の中にちょうど良いかたちに生まれ変わってくれて嬉しかったです。

『cocoon~ある夏の少女たちより~』

──満島さんは、物語のキーパースンとなるマユ役を演じています。マユ役を引き受けた理由を教えてください。

満島ひかり(以下、満島) 今日さんの作品の繊細な線描や余白の表現が好きで、子供の視点から目の前の出来事を見るような、純真な表現に惹かれました。

アニメのマユ役のお話を頂いたとき、最初は少し迷いました。私は沖縄で育ったこともあり、地上戦を経験した当時の若者たちや遺族から、まだ記憶の新しい話を直接聞く機会がたくさんありました。子供心に胸が苦しくて悲しくて、夢にまで出てくる日もあったんです。実体験の話から伝わる衝撃が、あまりに大きすぎたんだと思います。そのためか、戦(いくさ)や争いの話はもうあまり聞きたくない気持ちも持っていて。子供の頃の私と同じように、人によっては、痛ましい記憶を知ったときにともなう苦しさがあるのじゃないかと、恐れてしまうんですね。

そんなふうに、自分の中に揺れる思いもあったし、アニメの脚本では登場人物の性格が原作と少し違う点も気になって、出演を決める前に伊奈監督と電話で長くお話をしました。意見交換するうちに、監督の深い想いやアニメ化へのピュアな意思が伝わって、「この人の船に乗ってみよう」と思いました。今日さんの原作という揺るぎないベースもあるので。

『cocoon~ある夏の少女たちより~』

──たしかに原作とアニメでは、登場人物の性格設定や一部の場面が変わっていますね。おふたりは違いをどう受け止めましたか?

今日 なぜ違いが生まれたのかを考えながらアニメ作品を確認しました。たとえばアニメでは戦火の中で飛び散る血を花びらとして描いていますが、これは原作の通りだと表現がきつすぎるからでしょうか。とくに原作と異なるのは主人公サンの性格ですね。アニメはまるで別人のようで最初は戸惑いましたが、作品全体を拝見して、いまの令和を生きる子供たちに寄り添えるキャラクターにされたのだと納得できました。

──今日さんがアニメに「令和を生きる子供」を感じたのは、どのようなところですか?

今日 一例を挙げると、サンが学校の仲間たちの前で大好きなマユに手作りの栞を手渡せずにモジモジするという原作にない場面があります。その描き方が、自己主張や目立つことを怖がる現代の子供の心情に通じるように感じました。 

満島 そのモジモジしたアニメでのサンが、したたかにも感じると事前に伊奈監督とお話したのを覚えています。いろんな解釈を話して、そのしたたかさこそが現代を生き延びる精神力なのかなとも思えてきて。サン自身も気づいていない、彼女の底に潜む頼もしさを知ることができた気がします。

『cocoon~ある夏の少女たちより~』

──今日さんは、アフレコ(音声収録)のスタジオに行かれたそうですね。

今日 ちょうど満島さんと伊藤さんおふたりのシーンでした。おふたりともテンションがすごくて、全力で役に向き合ってくださるのが伝わってきました。原作は様々な思いを持って描き、長く向き合ってきた作品なのでありがたく思いました。

満島 『cocoon』の少女たちは、明日命を落とすかもしれない、そして「いま」を精一杯生きる強烈な生と死の毎日を過ごしています。「彼女たちの生命の力が伝わる雰囲気を作りたいね」と、収録時はそれぞれが互いにアドバイスし合ったり、監督に相談しに走ったりしました。素敵な演者さんばかりの良い空気だったので、現場の明るさとセンシティブな部分でつながった声が、アニメーションに乗って現れているはずです。

──サン役の伊藤さんとの息もぴったりでしたね。満島さんが演じたサンの親友マユは、カッコ良くて下級の女子生徒たちの憧れの的ですが、誰にも言えない「秘密」を抱えた役どころです。役作りで心がけたことはありますか。

満島 万理華ちゃんの瑞々しい声がとても素敵で、彼女のしなやかな部分と、私のミステリアスなところが共鳴し合っている感じでしたね。マユの声には、胸がキュンとなるような隠しきれない「プリンス感」を出すことを意識していました。たとえば怯えるサンに対して、自分たちは(想像上の安全な)「繭(cocoon)」の中にいる、とマユが語りかけ慰めるシーンは、永遠に消えないおまじないのように、声から透明な糸が出て包み込むイメージを大切にして。

今日 NHK BSの先行放送後、「マユがカッコいい」「エモい」と、おそらく中高校生だと思われる方たちがSNSで盛り上がってましたね。

満島 そう感じていただけて良かったです。アニメには、エモーショナルに思い入れできる「推し」も必要ですもんね(笑)。

『cocoon~ある夏の少女たちより~』

「『cocoon』刊行後の歳月、緊張し続けてきた」(今日)

──『cocoon』は、先の大戦末期の沖縄戦に動員され、多くの女子生徒が亡くなったひめゆり学徒隊に着想を得ています。今日さんはアニメ化を機にかつて原作を描く際に取材した沖縄の南部戦跡を再び訪れたそうですが、どのように感じましたか。

『cocoon』 © 今日マチ子(秋田書店)2010

今日 戦時中に激しい戦闘が行われた本島南部にあるひめゆり平和祈念資料館(*2)や糸数壕(アブチラガマ、*3)、荒崎海岸(*4)など、2008年の取材ルートを辿り直しました。思えば私が子供の頃は都内も戦争の匂いが残る場所がありましたが、最近の東京はそうした場所が消えてしまったので、沖縄の戦跡も変わったのではないかと不安になって再訪しました。

最初の取材から17年も経っていますから、前はあった小道が消えていたり、あるはずの石碑が見つけられなかったりと、幾つかの変化にときの流れを感じました。ただ現地で修学旅行中の団体に何度も遭遇し、展示に真剣に見入る中高生たちの姿を見て、沖縄戦の記憶は若い世代へ引き継げていけているのではないかとも感じました。 

沖縄の戦跡を再び歩きながら、『cocoon』刊行後のこの歳月の間、自分は緊張し続けてきたのだとあらためて思いましたね。自分が考えたフィクションとはいえ、『cocoon』はひめゆり学徒隊に想を得た物語ですから、その背後にある多くの失われた命についてずっと考えざるを得ませんでした。でも、どれだけ考えても学んでも「正解」はなくて、現実に起きたことの残酷さに追いつけない気がします。普通マンガは描いたら終わりですが、この作品は何度も舞台化され今回はアニメ化されて、その度に作品と向き合うことになります。ありがたいことですが、同時に戦争について私の考えも問われ続けるので少ししんどい気持ちもあります。

『cocoon~ある夏の少女たちより~』

──そんな気持ちにさせて申し訳ないです。今日さんは『cocoon』に次いで、独ナチスの迫害下で書かれた『アンネの日記』に着想を得た『アノネ、』、長崎原爆がモチーフの『ぱらいそ』の戦争3部作を発表し、イラスト集『いちご戦争』も刊行しました。近著の『かみまち』も、親の過干渉や虐待に苦しむ少女たちの抵抗と闘いの物語のように読めます。なぜ「少女×戦争」のテーマを追求されるのですか?

今日 私は環境や友達に恵まれて幸せな少女時代を送り、その経験が大人になっても自分を守ってくれると身に染みて感じてきました。幸福な記憶があれば、社会に出て理不尽なことに直面しても、一瞬昔に戻って癒されたり自己肯定感を取り戻したりできます。その意味でも子供時代や思春期を安全な場所で守られ過ごすのは非常に大切だと考えていますが、その安全な場所や時間を奪い破壊していくのが戦争です。そのことに対する怒りがまずあるのだと思います。

『cocoon~ある夏の少女たちより~』

「いつでも守ってくれる、壮大な自然の記憶」(満島)

──10代初めでデビューした満島さんは、どんな子供時代を過ごされましたか?

満島 私は沖縄県沖縄市の、米軍基地のある街で子供時代を過ごしました。夜の仕事をする鮮やかな服を着た他国の女性たち、「ハロー」と挨拶をするトラクターの荷台に乗った若い兵士たち、昼から呑んでニコニコしている地元のおじさん......いろんな人がいました。当時は商店街も賑やかだったし、元気な大人のいっぱいいる、面白い環境で育ったと感じます。私の父もいろんな国とのミックスで、体が大きく顔の彫りも深いので学校の授業参観なんかではすごく目立っていました。

小学校や中学校では沖縄戦にまつわる授業や、地元のおじいさんやおばあさんから戦争体験を聞く機会もありました。話の後には月桃の葉やサトウキビを使った伝統菓子作りを教えてもらったこともありますし、知識だけでなく、生きた沖縄の歴史と文化を体と心で経験できる教育だったと思います。

子供時代の思い出はたくさんあるけど、いちばんは沖縄の自然です。東の空にのぼる朝日、サンゴのきれいな海、スコールのあとの虹も星空も深い森も、夜に聞こえる動物の鳴き声も。あたり前だと思っていた環境は、命をつないでくれた人や土地が残してくれた私たちへの財産だと感じます。いつでもまぶたの裏に蘇って守ってくれる、私の幸福の記憶です。

アニメ『cocoon』では、散りゆく命がハラハラと舞う花びらになって描かれていました。その表現は「死」というより、一生を懸命に生きた少女たちの命が、次の時代に飛んでいくようにも感じました。痛くて愚かな歴史と向き合って、他人事じゃない物語を軽やかに描いた、今日さんの原作にも舘野さんの表現にも感動します。

今日 そう言っていただけてすごく嬉しいです。マンガを描くのはひとりの孤独な作業ですが、作品が残るのは自分だけじゃない多くの人の思いや尽力のおかげだと思っています。

『cocoon~ある夏の少女たちより~』

「想像力はつらいときに生きる糧」(今日)

──『cocoon』は、凄惨な戦争に直面した少女が発揮する「想像力」が物語の核にあります。おふたりの想像力についての考えをお聞かせください。

今日 私は想像力でご飯を食べてきたようなもので(笑)。これまでを振り返ると、脳内の想像の産物をひたすらアウトプットし続けて、それで生活が成り立ってきたことに自分でもちょっと驚いてしまいます。

想像力はつらいときに生きる糧となり、コロナ下のように社会全体が暗いときは精神的な救いの源にもなります。ただ良い面ばかりでなく、デマや陰謀論、集団ヒステリーなど悪い方向へ作用する恐れがあるので、慎重に使う必要があると思います。仕事では、できるだけ良い方向だけに作用するように想像力を発揮することを心がけています。

満島 世のすべてを想像の塊みたいに感じるところもあって。気持ちの在り方や、どれくらい夢中になっているかで現実の時間と体感時間は変わるし、誰かが何日も何時間もかけて表現した映画やアート、日常に溢れる作品たちに触れたり見たりして、その余韻に浸ることもあるし。ほとんどのことが、想像する力とセットになっていると感じます。

きっと想像力や知性は成長して広く深くなっていくと思うので、それを扱えるように視野を豊かにして、身体を動かすことや呼吸を忘れないようにしています。

『cocoon~ある夏の少女たちより~』

「大きな歴史を語り継ぐときには、小さな声を想像し続けていたい」(満島)

──戦後80年たったいま、アジア・太平洋戦争の教訓の継承や記憶の風化が懸念されます。どうすれば先の大戦の記憶の風化に抗い、次の時代へつなげられると思われますか。

今日 世界各地で軍事紛争や戦闘が起きているいまの子供たちにとって、戦争はテレビ画面に映ったり、SNSのタイムラインに流れてきたりする身近なものです。でも日本では戦争体験を語れる人が年々減り、子供たちがリアルな戦争を知る機会は限られています。彼らが知りたいとき、その取っ掛かりになる作品が必要ではないでしょうか。

戦争を題材にした私のマンガは、どれも史実を基にしました。でも、歴史の中に閉じ込められた「戦争で死んだ少女たち」ではなく、どの作品も「生きているひとりの女の子」を描きたいという共通する意思がつねにありました。マンガは概して作り物の娯楽だと思われがちですが、メッセージを一方的に押し付けることなく、主人公を通じ戦争をひとりひとりに起こり得る出来事として子供たちが感じ、考えることができる質が高い作品がたくさんあるし、そんな作品を私も描いていきたいです。

満島 たとえば祖母の兄は戦時中、戦闘機に乗る特攻隊員に選ばれ、白いユニフォームを着て実家を後にしたそうです。幼い祖母や妹はいつか兄が帰ってくるんだと思い、飛行機を見かけると海に浸かるまで追いかけ、「あに〜、ここだよ〜」と大きな声で空に呼びかけていたと、そういった出来事を祖母が私に話してくれたことがありました。

語り継がれることのなかには、いまのように情報がすぐには行き届かない、当時の幼き少年や少女たちのまだ鮮やかな記憶、カタチになる前の、俯瞰して歴史になる前の記憶もあってほしいなと願っています。

一人ひとりに日々があって、雨の日も晴れの日も眠って起きて、水を飲み空腹を感じ、痛ましさの中に現れる自然の恵みとか、湧きあがる復讐心や葛藤もあれもこれも。大きな歴史を語り継ぐときには、いちばん小さな声を想像し続けていたいと思っています。

──最後に、満島さんから今日さんに何か質問はありますか。

満島 今日さんは執筆活動の合間などに、何か運動はされるんですか?

今日 運動は苦手ですが、1日中机に向かっているので運動不足解消のため、1日3、4回はラジオ体操をします。かなりのラジオ体操信者で、指導する資格も持っています(笑)。

満島 そうなんですか! いつか今日さんの体操マンガも読みたいな(笑)。意外な答えでしたが、ラジオ体操というところにも、今日さんらしい "少女のこころ" が見えて、嬉しい気持ちになりました。


*1──第二次世界大戦末期の沖縄戦で日本軍に看護要員として動員された、沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の生徒たちで構成された女子学徒隊。沖縄への米軍上陸が迫る1945年3月に本島南部に派遣され、壕内で傷病兵の看護などを担った。戦況悪化後に解散命令が出され、生徒・教師240人のうち136人が戦闘などに巻き込まれ死亡。「ひめゆり」の名称は、2校の愛称に由来する。
*2──沖縄戦の体験を伝える目的で「ひめゆり同窓会」が1989年に糸満市に設立した平和ミュージアム。学徒の遺品や生存者の証言映像、陸軍病院壕を一部再現したジオラマなどを見ることができる。https://www.himeyuri.or.jp/
*3──沖縄県南城市にある自然洞窟(壕)。戦時中は南風原陸軍病院の分室に利用され、医師や看護婦、ひめゆり学徒隊が配属され、最多時600人以上の負傷兵の看護に当たった。見学は予約制。https://abuchiragama.com/
*4──沖縄戦末期、逃げ場を失った住民らが多数押し寄せた本島南端の海岸。この地で米軍の銃撃や自決により死亡したとされるひめゆり学徒・教師14人の名を刻んだ慰霊碑がある。

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永田晶子

永田晶子

ながた・あきこ 美術ライター/ジャーナリスト。1988年毎日新聞入社、大阪社会部、生活報道部副部長などを経て、東京学芸部で美術、建築担当の編集委員を務める。2020年退職し、フリーランスに。雑誌、デジタル媒体、新聞などに寄稿。